第一〇章 ゾーマ
夢を見る。
無の世界。
白くて何にも見えない。
ただ、三人の体がぼうっと光り、傷もなく、横たわっていた。
起き上がれない。
ふと、誰かの声が聞こえる。
勇気達は声のする方へ耳を傾ける。
それは、勇気達が逃げてきた、親達の声だった。
『お隣の和歌奈ちゃんは九十八点なのよ。勇気ももっと勉強したらどうなの』
いつも誰かと比べて、誰が一番か決めたがる。
小さい時から霧島と比べて………。
『鷹哉ちゃん、凄いわぁ。お母さん、町内中に自慢しちゃった『ウチの子はサッカーが得意です』って。そしたら、み〜んな羨ましがっちゃって。鷹哉ちゃん、もっと頑張ってね』
頑張ったって出来ない時があるのに。
ゲームに勝っても、超えられない奴がいる。
『今日は遊びに出てはいけません。昨日の事で噂になったら、将来に響くでしょう。いい?真っ直ぐ帰るのよ。それから、お友達は頭の良い子にしなさい』
親なんていつも世間を気にしている。
友達が居ないことが、こんなに寂しいなんて、親には分からない。
「でも………」
勇気はゆっくりと起き上がる。
「オルテガが教えてくれた」
雅之も起き上がる。
「戦う事?」
「そう。いつも何かと戦って生きている事」
「親と?」
鷹哉がごろんと寝返り、勇気を見る。
「世間と?」
雅之も勇気に問いかける。
「そう、何でもいいんだ。いつも何かを目指して僕らは戦うんだ」
「疲れる」
鷹哉は再び寝返り、勇気に背を向ける。
「随分と弱気ね」
ふと、聞きなれた別の声がする。
「その声はカナエ?」
「みんな、立つのよ」
「うん、でも、ゾーマに勝てっこないよ」
「そう強いしね」
「そう、強敵」
3人共すっかり戦意を失っていた。
「何を甘えているの。みんなはドラクエの世界からも逃げるの?」
「逃げる?」
勇気が眉をしかめる。
「ここで諦めたら逃げた事とおんなじ」
そう、私達の共通点は、現実の世界で嫌な事があったって事。
現実の世界からドラクエの世界へ逃げ込んだ。
逃げ込んだ世界で、それぞれ夢があったはず。
『オルテガに会いたいんだ』
憧れのオルテガと対面し、本当の強さを教えてもらった。
『俺はゾーマをぶっ放す』
ゾーマは桁外れの化け物だって、知っていたんでしょう?
二人がこの世界に入ったのを悪いと思って、自分も入ったんでしょう?
みんな、ドラクエの世界に一度は憧れたんでしょう?
誰のせいでもない、私たちはこの世界に望んで逃げて来たんだ。
「でも強いんだよ」
雅之が根をあげる。
「知っているわ。でも、やってみなくちゃ分からないでしょ?」
ふと光が溢れ、仲間達の傷が回復する。
世界樹のしずくだ。
体に降り注ぐ優しい光が、傷ついた三人を回復させる。
「何だ?この光は」
「カナエ?」
鷹哉がそう言って起き上がると、和歌奈がその顔を覗き込んでいた。
「誰、それ?」
「き、霧島?」
「どうして?」
「細かい事は後で。さぁ、行くわよ」
魔法使いの格好をした和歌奈は、随分張り切っているようだった。
ゾーマ戦に間に合ったのが、そんなに嬉しいのか?
「なぬ?魔法使いか。だが、今更増えた所で何も変わらぬわ!」
「うっ!」
また見えぬ攻撃!
「さぁ、ドラクエをやりこんだロマンチスト和歌奈ちゃんが相手よ!山本君、ピオリムよ」
「うん、ピオリム!」
「よし、でやぁ!」
一人増えるだけでも心強い。
そう、僕らは一人では何にも出来ないのだから。
ドラクエの世界でその事にやっと気付いた。
旅の途中、食事を作ってくれる人はカナエしか居なかった。
でも、その後に雅之が加わって、決して上手ではなかったが、僕達は助かった、と思った。
冒険は、鷹哉が居れば、怖いものなんて何も無かった。
何でもやっていける気がした。
でも、それは皆と一緒に居るからであって、決して僕だけの力ではどうする事も出来なかっただろう。
そして今、霧島が居る。
霧島ならマメだし、山本に呪文や戦い方を教えてくれるだろう。
派手な攻撃をしても、山本をサポートしてくれる。
それだけで、僕達は自由に動き回れる。
そう、僕達は一人では何も出来ないのだ。
勇気の攻撃がゾーマの腕を切りつける。
同時に鷹哉が黄金の爪でえぐる様に攻撃した。
だが、傷一つ付かない。
「かぁっ!」
怒ったゾーマがいてつく波動で僕達の呪文の効き目を無効にする。
「いてつく波動、今ね、バイキルト!」
成る程、いてつく波動の直ぐ後なら、呪文の効果が生かせる。
それに、わざといてつく波動をさせ、ゾーマからの攻撃を封じることも出来る。
やるじゃないか、霧島。
「ええい!」
「やった、傷が付いた!」
雅之が歓声を上げる。
「おのれ、こしゃくな。燃えろ!」
ゾーマの口から激しい炎が巻き起こる。
「きゃぁぁ!」
「フバーハ」
和歌奈が炎に飲まれそうになる。
それを雅之がカバーする。
誰かがそばにいるから、僕達は強くなれる!!
「おのれ、姑息な呪文を。ええい!」
「わぁっ!」
ゾーマに余裕は無かった。
さっきまでとは違い、勇気達に隙がなくなっていた。
“何故だ?”
「だぁっ!」
勇気が剣を振るう。
「かぁっ!」
いてつく波動!
「なんの、スクルト!」
「ベギラゴン!」
和歌奈が雅之の背後から飛び出し、ゾーマの顔めがけて呪文を放つ。
まぶしい電光が、ゾーマの顔にまとわり付いた。
「ぐわぁっ!おのれ!」
“こいつか”
“この小娘が来てから、全てが狂った”
”ならば!”
「きゃぁぁぁぁ!」
ゾーマの攻撃が和歌奈だけに集中される。
「あああああああっ!!」
「霧島!」
ゾーマの手が、和歌奈を捉えようとしたが、鷹哉が守るように飛び込んだ。
「林君!」
和歌奈の目が鷹哉の姿を捉える。
「鷹哉!?」
勇気達が駆けつける。
外傷は見当たらないが、鷹哉の顔が青ざめていた。
「ごめんなさい、私のせいでっ!」
和歌奈は鷹哉にしがみついた。
「何謝ってんだよ、俺はいいから、お前、逃げろ」
脂汗をかき、気を失ったようだ。
和歌奈はいやいやと首を横に振る。
「鷹哉こそ何言ってんだよ、諦めるな」
勇気は鷹哉の体をつかんだ。
がっくりとうな垂れた鷹哉に残された力は無かった。
「林君!」
「………畜生!」
勇気は腹の底から込められた憎しみを、声に出す。
気付けば、ゾーマが嬉しそうに歩み寄ってきていた。
「山本君、早く回復を!」
「やってるよ!」
「これで一人片付く。くっくっくっ」
「早く!」
和歌奈は取り乱し、雅之や鷹哉の体を何度も揺さぶる。
和歌奈は、初めて友の前で涙をこぼした。
「そうだ、世界樹の葉だ!」
「確か死人を生き返らせるアイテムじゃ?」
勇気のひらめきに、雅之が水をさす。
「いや、ツーで違う使い方をした事があるんだ」
勇気は和歌奈を見た。
和歌奈は、勇気が言いたい事を直ぐに察し、勇気から道具袋を受け取った。
「私がやる」
「霧島………そっか、そこは任せた」
責任を感じただけじゃないみたいだね、霧島。
勇気は和歌奈達を守るように身構える。
ゾーマは直ぐ後ろまで来ていた。
「ふん、貴様一人に何が出来る」
一人じゃないさ!
勇気が剣を振るった瞬間、雅之がゾーマに振り返る。
「メラゾーマ!」
「何?ぐわっ!」
隙を突かれて、まともに食らったらしい。
「山本、ナイスタイミング」
「うん」
勇気と雅之は確実にゾーマにダメージを与えていた。
四人の戦力が半減しているという油断からか、ゾーマの勢いは、さっきまでとは違い、弱弱しかった。
“何故だ。こんな小娘が一人増えたところで、何も変わらぬはず、何も!”
ゾーマが攻撃する。
勇気はひらりと交わし、巨体の後ろへ滑り込む。
足払いをかけ、倒れかかったところで、剣を腹に突き刺した。
「ぐふっ」
何故だ!!
一方和歌奈は道具袋から世界樹の葉を取り出す。
ツーでサマルトリアの呪いを解いた。
だから、林君もこれで元気になるはず。
やってみなくちゃ分からないもの。
しっかりしろ、和歌奈。
和歌奈は目を擦り、世界樹の葉をすりつぶす。
いつだったか落ち込んでいた時、突然頭を殴られた事があったっけ。
『お前、ボーっとしてるから殴られるんだぞ』
『何よ、やったのはあんたでしょうがー』
『似合わねー。静かすぎて怖えーや。いつもみたいにサルやってろ!』
和歌奈は冗談で怒った時に、『うっきー』という癖があった。本気で怒ると『もー』と牛になるのだ。
それに気付いたのは友達の中で、鷹哉が初めてだった。
林君………。
今になって気付く。
林君はいつも私を見ていてくれてたんだ。
林君、お願い、目を覚まして!
「ぐっ、げほ、げほっ」
「林君!」
鷹哉が目を覚ます。
和歌奈は思わず抱きついていた。
はっとなって、離れる。
今はそんな時じゃない。
だが、鷹哉は和歌奈の手をぎゅっと握り返した。
『頑張ろう』
そう言われたみたいで元気が出る。
「鷹哉!いくよ。べホマズン!」
鷹哉の回復に気づいた勇気が叫ぶ。
「全員回復。林君、ピオリム!」
和歌奈が立ち上がり背を向ける鷹哉に呪文を放つ。
「だぁっ!」
鷹哉の蹴りが入る。
「ぐふっ!」
ゾーマは不意を突かれて倒れた。
「こっちもバイキルト!」
すかさず雅之が援護する。
勇気はゾーマの腹に飛び乗り、剣を構えた。
「王者の剣よ!今こそ我に力を!」
心臓があるらしい部分に刃を突き立てる。
「ぐふっ!」
ゾーマはもがき、苦しむ。
「みんな!」
勇気は祈るようにきつく瞳を閉じた。
「うん!」
残された三人が勇気の腕を取り、支える。
「ミ・ナ・デ・イーン!」
四人の体は、黄金の光を放つ。
それは稲妻へと変わり、王者の剣を通して、ゾーマの体に流れ込んだ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」
ゾーマがビクビクと痙攣を起こし、やがて、静かになった。
「はぁっ、はぁっ………」
「やった………?」
恐ろしい程の静寂の後、四人は顔を見合わせ、微笑んだ。
「やったぁ〜!」
勇気が飛び上がる。
鷹哉も雅之も和歌奈も、手を取り合って喜んだ。
「勝った!」
「勝ったんだ!」
「やっほぅ〜」
恐怖から脱出できたせいか、皆は黙っていられなかった。
「これで元の世界に帰れるんだね」
雅之は母の顔を思い出す。
こんなに素晴らしい友達を見つけたよ!
きっと、話したら分かってくれるよね。
「俺は帰らないぞ」
鷹哉はあぐらをかき、ふんぞり返る。
「どうして?」
「この世界にカナエちゃんがいるから?」
そう言った雅之に向かって、鷹哉は蹴りを入れるマネをした。
「だぁぁぁぁっ、殺すぞ」
「え?なんで?どうして?」
「こいつ!!」
和歌奈の問いかけに答えようとした雅之が羽交い絞めにされる。
「ははっ、モテル男は辛いねぇ」
勇気はいつものように鷹哉を茶化す。
勇気は、密かに手を取り合う鷹哉と和歌奈を目撃していたのだ。
「誰がいつモテてんだよ」
「モテてないつもり?ラブレター沢山貰ってるくせに」
和歌奈が顔を赤らめて会話に参加する。
「まさか、霧島、妬いてんの?」
勇気が覗き込むと、鷹哉と和歌奈は勇気を睨み返す。
「蹴られたい?」
「え・・・あ、あはははは・・・・・・・・・」
二人にハモリで言われ、勇気は笑うしかなかった。
「ぐへへへへ!」
突然、ゾーマが起き上がった。
“あの小娘さえ、この手で葬れば………!”
ゾーマが和歌奈めがけて手を伸ばす。
「きゃぁぁぁぁっ!」
和歌奈は恐怖の余り、その場から動けなかった。
「霧島!」
鷹哉が守るように、和歌奈の前に飛び出した。
だが、ゾーマの伸ばした手は届かない。
もうちょっとの所で鷹哉達は助かったのだ。
「よくも………よくも余を倒したな」
「ゾーマ!」
勇気が剣を抜き、構えた。
「だが、いつか必ず甦る。人間の欲望、憎悪に呼び寄せられてな」
こんなガキ共にやられるとは………。
「ふっ、ふははははっ!」
ゾーマは笑い、血しぶきを上げ、倒れた。
ゾーマの亡骸は、灰となり、消えてしまった。
「あっ………」
和歌奈がため息を付き、鷹哉はその場に倒れ込んだ。
「ふぅ、びっくりした」
雅之もため息をつく。
「これで、本当に終わったんだね」
「なんだかストーリーが滅茶苦茶だったけど、やっと終わったんだね」
勇気もうなづく。
「そう言えば、霧島は、どうしてここへ?」
勇気が問いかけ、和歌奈が目を輝かせる。
「知らない。入りたい!って念じたの!」
まさか、と思う反面、コイツなら出来そうだと、男三人はそう思った。
「ま、霧島はドラクエオタクだからな、おおかた俺等が入ったのを見て『どうして?私もドラクエの世界に入りたかったのに!』とか言ってたんだろ?」
鷹哉が和歌奈の声マネをする。
「凄い。当ってる。もしかして林君、霧島さんの事」
雅之がストレートな発言をし、鷹哉が和歌奈からそっぽを向く。
「バカ、誰がこの男女!」
「ちょっと、誰が男女よ!」
和歌奈が鷹哉の腕に手をかけた時。
「あ、そーだ」
雅之がポン!と手を叩いた。
「霧島さん、ヒババンゴって何?」
雅之が唐突に思い出しす。
誰も教えてくれないので、和歌奈に答を求めた。
「ヒババンゴ?ツーの?」
「山本!」
鷹哉が真っ赤な顔で雅之に振り返る。
「痛てっ!」
乱暴に雅之の腕を引っ張る。
「林君、そんなんだから怖がられるのよ」
「だからって、俺はヒババンゴじゃねーぞ!!」
「ふーん、そう言うことか。松坂君に言われたのね?」
和歌奈はニヤリとして、鷹哉を見た。
「自分で言ってたよ」
天然な雅之にバラされ、鷹哉はむっとする。
「自分で?ヒババンゴ?ぷぷっ、あははは」
和歌奈が笑い出す。
自分で自分をヒババンゴだなんて!
「霧島!」
鷹哉はかなりご機嫌斜めのようだ。
「ごめん、ごめん」
和歌奈が鷹哉に手を合わせる。
「そう言えばさ、ゾーマを倒すとき、勇気の奴、ミナデインって言わなかったか?」
鷹哉が急に思い出し、笑いながら和歌奈に問いかける。
「そうそう、あれ、スリーはギガデインまでしか無いのに、その呪文でやっつけちゃうなんて、笑っちゃうね」
「なぁ、勇気」
二人は笑い、勇気へ振り返る。
「あれ?どうしたの?松坂君?」
振り返った先に勇気が背を向けて立っていた。
「あ、オルテガ………」
和歌奈がそう言うと、鷹哉も雅之も勇気の元へ駆けていく。
「オルテガは、立派だった」
勇気は蚊の鳴くような声で呟くと、鷹哉はうなづいた。
父親らしいこと、何にもしてくれなかった。
そう思っていたのは、僕だけだった。
勇気の目から一筋の涙が零れ落ちる。
オルテガは旅先で、色んなヒントを残してくれていた。
オルテガの存在があったから、王様に会う事が出来た。
いつも『オルテガのせがれ』とネームプレートが付いて回っていた。
それだけで人に優しくしてもらえた。
それは、オルテガが偉大だったからだ。
誰もが尊敬するオルテガだったから。
オルテガが旅先で重大なヒントを残してくれていたから、僕達はここまで来る事が出来たんだ。
僕は、オルテガがいなければ、何も出来なかったかもしれない………。
ゲームだから、当たり前なんではなく、これはオルテガが起こした行動。
現にさっきまで息があった。
確かにゾーマと戦っていた。
オルテガは実在していた。
お父さんやお母さんに子供の頃があった様に、この世界で、オルテガも生きていたんだ。
勇気は、この世界の中で、オルテガの存在を大きく感じる事が出来た。
それはずっと一緒にいた鷹哉にも感じさせた。
雅之が帽子を取り、ひざま付き両手を合わせる。
鷹哉が「やめろ!」と、雅之の腕を掴んだ。
「勇気、神龍に会いに行こう」
鷹哉がそう言うと、和歌奈もハッと顔を上げた。
ゲームだと、神龍との勝負に勝てば、願いを叶えてもらえる。
勇気達が、ストーリー上オルテガが生き返るのは邪道だと思って、やらなかった唯一の願い事。
だが、今の彼らの胸には、この思いだけが募っていた。
『オルテガを生き返らせて』
勇気、鷹哉、和歌奈は、顔を見合わせて頷いた。
「はわわわわ」
「カンダタ!?」
突然後ろでカンダタが目を覚ました。
「気が付いたの?」
「えーっと、そうだ!オルテガ殿は?」
カンダタはそう言いながら、勇気を見た。
「カンダタ、オルテガを運ぶんだ。手伝ってくれ」
勇気達四人でも、力を失ったカンダタを運ぶことは出来なかった。
「オルテガ殿!」
カンダタが走り寄る。
オルテガの手を握る。
冷たい。
「泣いている暇は無いよ、カンダタ」
「神龍に会いに行くんだ」
勇気と鷹哉を怪訝そうに見つめる。
「神龍?」
「願いを叶えてもらうの」
和歌奈がそう言うと、カンダタが目を丸くさせる。
「お前、カナエ?」
「こいつは霧島。いくぞ」
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