第九章  オルテガ

 

「なぁ」

「ん?」

「何かおかしくないか?」

ゾーマ城へ入り、暫くしてから、鷹哉が口を開く。

「鷹哉も感じてる?」

勇気も、歩みを止め、中間達に振り返る。

「二人ともどうしたの?」

雅之が尋ね、勇気が説明する。

丁度この場所は、ゲームの中では丁度オルテガが出てくる場所に当たっていた。

変だなと思った時に鷹哉に呼び止められ、やっぱり間違いではないと確信した。

「また林君の一言でストーリーが変わったの?もしかしてバラモス城のことも」

「山本、俺のせいにするな」

「だって、さっきからずっとそうじゃないか」

船乗りの骨も、バラモスの事も。

「分かってる事を先に言われるとムカつくの」

「ごめん………」

雅之は素直に謝る。

「え?」

突然勇気が体を振るわせた。

「どうした?」

鷹哉に聞かれ、目を見開いた勇気は、そのまま真っ直ぐ前方を差す。

「あそこに人が!」

「どこ?」

雅之もキョロキョロと見渡すが、全く分からない。

「こっちだ!」

そう言って、勇気は急に走り出した。

「なんだ?」

ずっと黙っていたカンダタが息を切らせて最後尾についた。

人が居ただろう辺りまで走り、勇気達は慎重に探し始めた。

「ここに人が居るとしたら、オルテガだぜ」

「うん」

人影を見ただけだから、誰なのかさっぱり分からない。

でも、鷹哉の言うように、本当にオルテガだったら………」

死んでいなかった?

勇気の胸は高鳴った。

憧れのオルテガと会えるかもしれない!

嬉しさで勇気の心は躍りだしそうだった。

「あ!いた!」

雅之が指す。

残された三人が、指された人物に集中した。

「う………そ」

これがオルテガ………?

 

勇気は愕然となった。

憧れのオルテガが………

「勇気、か」

その声、その姿。

違う!

「うそだ!」

勇気の呟きに気付かず、カンダタが兜を取り、目の前の人物に頭を垂れる。

「オルテガ殿、生きて………」

カンダタは涙を流し、オルテガの無事を喜んだ。

「よくぞご無事で」

「カンダタか。改心して、勇気を守ってくれたのか。礼を言うぞ」

「オルテガ殿、再びこうしてお会いできて光栄です」

「うむ」

本当に、この人がオルテガなの?

「勇気、だね」

オルテガと呼ばれた人物は、勇気の目を覗き込み、優しく微笑んだ。

「お前が赤ん坊の頃に旅立ってしまったが、分かる。目元がルシアによく似ている」

そして、勇気の頬に手をかけようとしたその時。

「触るな!」

勇気は、物凄い剣幕で、手を払いのけた。

「勇気、どうしたんだ?」

カンダタが驚いて、鷹哉に助けを求める。

が、鷹哉も呆然としている。

「ねぇ、カンダタ、嘘だよね?嘘だと言ってくれ」

勇気がカンダタの腕を掴む。

小さな体から信じられない力だった。

「勇気、何を言ってやがる」

「松坂君、どうしたの?」

雅之が呟き、鷹哉がそれに答える。

「オルテガが、勇気のお父さんだったんだよ」

「そんなの当たり前じゃないか」

「現実のお父さんなんだよ」

「え?」

 

普段から父親を嫌っていた事は良く知っている。

この世界に入った時、勇者になったことより、オルテガのせがれだと言われて喜んでたよな、勇気。

鷹哉もこれ以上何もいえなかった。

「こんな、お腹がぶよぶよで、よろいからお肉がはみ出して。格好悪いのがオルテガ?」

「勇気、何を!」

カンダタが勇気の腕を振り払った。

「いや、いい。初めて会って、信じられるはずない。勇気、立派に成長したね。さぁ、行こうか」

「お供いたします。さぁ、勇気も」

カンダタが勇気の背を押した。

「嫌だ!」

「勇気、てめぇ!」

カッとなったカンダタをなだめ、オルテガは背を向け、歩き始めた。

「いいよ。気が向いたら追いかけておいで」

「勇気、オルテガが行ってしまうよ?」

鷹哉が優しく声をかける。

「あいつをオルテガと呼ぶな」

勇気は気が立っていた。

憧れた世界で、全てがうまく行っていた。

ずっと憧れたオルテガに会えるはずだった。

肉付きの良い、大柄で、逞しいオルテガに、勇気は会いたかった。

だが、その憧れのオルテガは、現実の父親がそのまま鎧をつけたような格好をしていた。

その声も、その姿も、勇気が最も醜く、嫌っている、自分の父親そのものだった。

 

ふと、雅之が何か叫ぶ。

その瞬間、勇気の目の前でオルテガが倒れた。

バタバタとカンダタが駆けつけ、オルテガを起こしてやる。

勇気には分からなかったが、オルテガは、狙われた勇気を庇ったのだ。

心の隙を狙われた事に、勇気は気付くはずも無かった。

「ふ、ふ、ふ」

「誰だ」

「子を庇う、親をいたぶるのは実に面白い」

「その声はゾーマ」

オルテガがカンダタの腕から離れ、体制を整えた。

「え?」

オルテガに言われて振り向くと、とてつもない闇があった。

だが、その頂点に勇気達が見慣れた、ゾーマの顔がある。

オルテガの二倍くらいの大きさか。

「くっくっくっ。オルテガよ、なにゆえ子を庇う」

「っぐ、ぐわぁぁぁっ!」

だが、攻撃は全く見えず、オルテガは突然もだえ苦しむ。

「何だ?」

鷹哉が辺りを見渡すが、何が起こったのか全く分からなかった。

「早すぎて何も見えなかったぜ」

カンダタも同じ事を思ったらしい。

「くっくっくっ」

オルテガはゾーマの名を呼ぶが、その声は苦しそうだった。

「松坂君、おじさんが!」

「子は、そなたを何とも思ってはいまい。何を護ろうとする?」

「勇気は私達の希望。きっと貴様を倒してくれるわ」

オルテガはそう言うと、素早く剣を抜き、ゾーマの辺りへと走って行った。

「オルテガ殿!」

カンダタもつられて向かっていく。

「無駄だ、光の玉を使わないと」

鷹哉の言葉をかき消すかのような衝撃。

「わぁっ!」

「オルテガ殿。わぁっ!」

走って行ったオルテガが、飛ばされ、真後ろにいたカンダタの体をめがけて吹っ飛んできた。

「くっくっくっ。何人束になってこようと、結果は同じ。面白い。面白い。さぁ、わが腕の中で息絶えるが良い」

「勇気、オルテガ殿と協力して、あいつの目を狙うんだ」

「やだね。あんなへらへら笑ったお父さんなんか、オルテガじゃない」

「ふん!」

パーン!

辺りに乾いた音が響いた。

「くっ、何すんだよ!」

勇気は頬を押さえ、顔を上げた。

勇気は頬を殴られたのだ。

カンダタではなく、オルテガに。

「確かに私はお前を満足に育ててやってはいない。だが、今はそんな事を言ってる暇は無いはずだ」

「仲間割れか、手伝ってやろうか?」

ゾーマが割って入る。

立ち止まっている時間なんてない。

それをオルテガは勇気に教えたかった。

だが………。

「くっ」

「おじさん!」

鷹哉が庇うように前へ出る。

「オルテガ殿」

カンダタも同じだ。

「勇気、嫌いなオルテガをこの手でなぶり殺すこともたやすい。さぁ、どうする?」

「くっそー」

カンダタが攻撃を仕掛ける。

だが、それも簡単に蹴散らされた。

「やばいよ、このままじゃ」

オルテガもカンダタも倒れてしまった。

雅之は勇気に助けを求める。

どうすればいいの?

君は勇者だろ?

「まずは一人ずつ」

ゾーマの目が、嬉しそうに揺らぐ。

 

勇気にも状況が飲み込めた様で、やっと動く気になったらしい。

「カンダタ、今回復を!」

だが、先に向かって走ったのは、カンダタの方だった。

「いや、先にオルテガ殿を」

「オルテガを?」

勇気はオルテガを見る。

横たわったまま動かない。

「勇気、信じられないかも知れないが、あの方は紛れもなくオルテガ殿だ。よく、目を凝らして、見るんだな。あの方の素晴らしさが、きっと、分かるはずだ」

カンダタは、そのまま気を失ったらしかった。

「勇気、何やってんだよ」

鷹哉が怒鳴り声を上げる。

勇気はハっとなり、オルテガを振り返った。

『大きくなったね。目元がルシアによく似ている』

『よく、目を凝らして見るんだな。あの方の素晴らしさがきっと分かるはずだ』

勇気はキリッと顔を上げた。

さっき、僕を庇ってくれた。

オルテガは、僕の父!

「山本、オルテガにべホマだ!」

「う?うん」

雅之は言われるがままにオルテガの回復を行った。

「勇気よ、なにゆえ、もがき生きるのか。滅びこそ我が喜び、死に逝くものこそ美しい」

「さぁな」

勇気がゆっくりと立ち上がる。

その表情も姿も、いつもこの世界で怖いものが無いと、自信に満ちた勇気に戻っていた。

「人間の一生は、一瞬で終わるから一生懸命生きるのさ!」

同時に剣を振るう。

いつか漫画で読んだ言葉を口に出し、そうだ。と己の中で頷いた。

「何?世の腕に傷を?」

勇気はハッと、ゾーマを見る。

闇に覆われた中で、攻撃が効いた?

「うぬぬ………こやつ、生かしておけぬ!」

ゾーマが怒りに震えた。

勇気はすかさず鷹哉の元へ走り寄る。

「鷹哉、光の玉だ!」

道具袋から光の玉が取り出され、勇気はそれを高く掲げた。

「光の玉よ」

鷹哉も雅之も、同時に叫ぶ。

「今こそ、邪悪な衣を消し去り賜え!」

光の玉がまぶしく光る。

辺りが真っ白になり、一瞬、何も見えなくなった。

「む?この光は?」

オルテガも気付いたようで、起き上がった。

「なぬ?だが、光の玉を使ったところで、何も変らぬわ!」

ゾーマが腕を振るう。

それだけで地面がびりびりと音を立てた。

「くっ」

「何て威力なんだ」

「い、息が出来ない」

三人は堪えたが、直ぐに吹き飛ばされた。

「くっくっくっ。この程度の力で余に刃向かうとは、情けない人間共よのう。

「くっ!」

勇気が起き上がる。

「ちくしょー、えーい!」

鷹哉もいきり立ち、起きるなり攻撃を仕掛けた。

「松坂君にバイキルト!」

雅之も、俊敏に援護する。

「よし!でやぁぁぁぁぁ!」

勇気の剣がうなる。

「ふん!」

「わぁ!」

だが、ゾーマに全く歯が立たない。

腕に当り、飛ばされた。

「山本、ピオリムだ!」

「うん、ピオリム」

鷹哉が自慢の足で蹴り上げる。

「うぐっ。おのれ、かぁっ!」

「あぁ!呪文の効果が」

「いてつく波動か」

「なんの、バギクロス!」

オルテガも加勢する。

竜巻と同時に走り寄り、ゾーマの腕に刃を向けた。

ゾーマの腕とぶつかり、力比べとなる。

「うぬぬぬ………」

「おのれ、だぁっ!」

「ぐわっ!」

やはり力だけでは勝てない。

「ピオリム」

もう一度走る。

「ぐわぁぁぁ!」

「やった!」

傷をつけた。

鷹哉がオルテガにブイサインを送った。

「おのれ、こしゃくな。これでも食らえ!」

ゾーマの凄まじい攻撃をかわし、勇気が向かう。

「くそっ」

「まだだ、でりゃぁぁぁ!」

鷹哉も黄金の爪で加勢する。

「ふん!」

簡単にあしらわれ、鷹哉は転がる。

すかさずオルテガが援護し、親子対ゾーマの力比べになる。

「かぁ!」

「うわっ!」

勇気達も飛ばされ、傷を負う。

「べホマラー」

「よし、もう一度」

鷹哉の言葉に、勇気も頷く。

「たぁ!」

「松坂君、危ない!」

勇気と鷹哉が走り寄る瞬間、ゾーマの攻撃があった。

「わぁぁぁ!」

倒れた勇気に向かい、ゾーマがニンマリと笑う。

これで勇者が敗れる。

「とどめだ!」

その瞬間、オルテガは勇気を庇い、深い傷を負う!

「ぐわぁぁぁ!」

「オルテガ!」

「大丈夫、か、勇気」

「うん。でも」

「私は大丈夫だ」

戸惑う我が子を安心させるために、痛みを隠し、立ち上がった。

だが、オルテガの腹から、大量の血が流れていた。

「ぐへへへ、さて、親からいたぶろうか、それとも子供から」

「ゾーマは全然ダメージを受けてないよ?」

「くそっ、思ったより不死身だ」

鷹哉が拳を作った。

勝つ術は無いのか?

もう、これで終わってしまうのか?

「全員固まったところで、これでも食らえ!」

「させるか!」

オルテガが、勇気達を庇うように、立ち塞がった。

冷気が襲ってくる。

冷たすぎて痛い。

体が凍る勢いだ。

オルテガの後ろで守られている僕が、そう感じる程。

「オルテガ!」

勇気はオルテガの名を呼んだ。

「勇気、この戦い、任せたよ」

「オルテガ………?」

勇気の視界が、急に良くなる。

嬉しそうに笑うゾーマ!

「そんな!僕達を庇って!?」

雅之が声を張り上げる。

「おい、オルテガ、しっかりしろ!」

勇気が体を揺すっても、頬を叩いても、オルテガは目を覚まさない。

 

「嘘だろ、勇気………おい、おじさん!」

鷹哉もオルテガに呼びかける。

だが、がっくりとうな垂れた姿は、息絶えた事を証明していた。

勇気は呆然と、オルテガを見守る。

「おじさん、おじさん、目を開けてくれ!」

鷹哉が必死になって、呼びかける。

「ほら、去年、魚釣りへ連れて行ってくれたよな、俺、初めてで、すっげー嬉しかったんだぜ。俺の竿が重たくなって、勇気とおじさんと三人で引っ張ったら、長靴が釣れてさ」

鷹哉が小さく笑う。

「それで、おっかしーとか言って、笑い転げて、そしたら、おじさんの竿が何か引いてて、引っ張ったら………」

鷹哉の目に涙が溢れ、喉を詰まらせた。

「引っ張ったら、こーんなに大きな魚が釣れて………」

大きく両手を広げたまま、咽かえった鷹哉の背中を 、雅之は優しくさすってやる。

「勇気、勇気も何か言えよ」

放心状態の勇気を鷹哉は大きく揺らす。

「ふは………」

不気味な笑い声が聞こえる。

ふははははははは

それは、段々大きくなり、辺りを振るわせた。

ビリビリと壁がうなる。

柱が揺れる。

「………笑うな。笑うな、笑うな!!

勇気が叫ぶ。

「僕以外の奴が、父さんを笑うな!」

勇気はオルテガをそっと横たわらせ、立ち上がった。

「父さん、ごめんね。僕分かったよ。何が一番大切で、格好良いかが」

「ほう?」

ゾーマが、勇気を挑発するように相槌を打つ。

「父さんは僕の事なんか無関心だった」

そう、テストで悪い点を取っても叱らない。

「けど、本当は、一番大切に思ってくれたんだ」

カレンダーに丸が付いていた町内運動会。

「大切なものを護るために必要なのは、外見やプライドじゃない」

お腹がぶよぶよでも、成績が兵隊さんでも、憧れのオルテガの姿をしていなくても。

本気で守ってくれた。

町内運動会も、覚えていてくれてたんだね。

「本気なんだ!」

勇気はゾーマに投げかける。

「だが、今分かっても、仕方あるまい?オルテガは死に、そなたらは今、ここで余につぶされるのだからな」

ゾーマの攻撃が再び始まる。

「わぁっ!」

凍える吹雪で守られていたとはいえ、三人共深手を負っていた。

「面白い。面白い。醜い人間よ、もがき、苦しめ」

「山本、回復、だ」

だが、雅之は今の攻撃で、気を失ったらしかった。

「くそっ!」

鷹哉は地面を叩く。

「ぐへへへ、食らおうか。誰のはらわたを食らおうか」

ゾーマがそう言うと、雅之の体が宙に浮く。

「あ、山本!」

「目を覚ませ!」

勇気も鷹哉も起き上がれない。

「余が軽く捻ると目を覚ますであろう。ほれ」

「わぁぁぁぁっ!」

まるでおもちゃを扱うかのように、雅之の体は捻られ、雅之は悲鳴を上げた。

「くそっ!山本を放せ!」

「賢者の肉はうまいぞ。なんなら分けてやろうか?」

その瞬間、勇気がゾーマに攻撃呪文を仕掛けた。

ベギラマだ。

赤い光はゾーマに見事命中し、雅之は地面に叩きつけられた。

「山本」

「ベホマ!」

すかさず回復呪文を唱え、雅之は一命を取り留めた。

「おのれ、よくも賢者の肉を!」

いきり立つゾーマが力を込めて地面を揺るがす。

壁や柱が倒れ、勇気達は動きを封じられた。

「くらえ!」

ゾーマの指から、冷気が吹き出す。

さっきオルテガが全てを受けた、あの攻撃だ。

傷ついて動けなくなっていた勇気と鷹哉も、成す術が無かった。

「凍える、ふぶき………」

三人は気を失ったようだった。

 

 

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