第三章 ドラクエの世界

 

酒を飲む戦士、踊りを楽しむ踊り子や遊び人。

ブザーがなる。

照明が暗くなり、赤や黄色のスポットライトがパァっと舞台を照らす。

化粧をした男か女か分からない踊り子が舞台に上がる。

その途端、歓声の渦が沸き起こり、席に着いてた者が一斉に立ち上がる。

「ヒューヒュー!」

舞台に上がった踊り子は、お世辞にもスマートとは言えなかった。

肉付きの良い戦士とも言えよう、その踊り子のどこにそんな魅力が有るのか。

曲が始まる。

それに合わせて踊り子が舞う。

その見事な身のこなし、華麗なジャンプ。切れの良い腰使い。

指の先までピンと延ばしたその手は、しなやかに曲に合わせてリズムを取る。

曲が終わると同時に踊り子の動きも止まる。

ひとときの静寂の後、一斉に歓声が沸き起こった。

「ワァ〜!」

踊り子は舞台から観客に丁寧に頭を下げ、チップを貰っていた。

「今の人………」

「あぁ?ミーちゃんだよ。知らないの?」

酒に酔ったチンケな酔っ払いが酒を浴びるように飲みながら教えてくれた。

見たところ、僧侶らしいその男は、本当に神に仕える気があるのか?と疑いたくなるような男だった。

ふと気付くとミーが舞台からこちらに向かってくる。

少年の脇をすり抜け、カウンターに入っていった。

「あれ?」

ミーはカウンターに入ると、胸や袖に引っかかったお金を金庫に入れていく。

「あの………」

「なんだい?見かけない顔だね、ぼうや」

「あなたは?」

「ルイーダ」

「あなたがルイーダさんですか?」

少年はビックリして声を張り上げる。

「ふふ。私の事は知っているようだね。何か?」

ミーと呼ばれていた人物は、ルイーダだった。

ここはアリアハンのはずれに在る、ルイーダの酒場。

町の外にモンスターが住み着いているこの世界では、町から出る時に必ずここへ立ち寄り、共に歩いてくれる仲間を探す。

だが、亡きオルテガの後、誰も町から出ようとしない。

誰もが己の身可愛さに、出掛ける事は無くなってしまった。

「仲間が欲しいんです」

そんな時にこの言葉を聞かされ、ルイーダは冗談だと思った。

「坊やの仲間はここにはいないよ」

「そうそう僕ちゃんは、家に帰ってママのおっぱいでも飲んでいなちゃい」

背後から酔っ払いの声が聞こえ、馬鹿にした笑いの渦に巻き込まれた。

「僕は真剣です」

少年は声を張り上げ、黙らせる。

「へぇー。いくら真剣でも、そんな乳くせーガキじゃ」

再び笑われ、少年はむっとした。酔っ払いの口は塞げない。

それでも少年は主張する。

「今日、はじめて見た。道行く人の不安な顔を」

家から城まで歩いた道のり。たったの五十メートル程なのに、辛く、長く感じた。

少年をまるで神様のようにすがった目をしていた。

誰もが地面に頭をこすりつけ………。

「こう言うんだ。有難う御座います。これでやっと救われます」

少年の胸は痛かった。

憧れていた筈の世界は、こんなに暗くて重い世界だったなんて………。

「ふん、あんたも人が悪いね」

「え?」

少年は頭を上げる。

ルイーダが悪戯っぽく目を細めた。

「あんた、オルテガさんのせがれだろ?」

「はい、一応………」

一応、そう聞かされたから。

勇気はそう心の中で呟いた。

 

ゲームの世界に吸い込まれた勇気は、目が覚めるとドラクエの世界へ紛れ込んでいた。

「やべっ、母さん今何時?」

「何時って?何を言ってるの?」

勇気は、言いながら、ここが自分の部屋ではない事に気が付いた。

ルシアはこの時期を待っていた。

だが、息子もまた、オルテガと同じ道を歩むのではないか、今日送り出せば、もう二度と会えなくなるのではないか。

そう思えて仕方が無かった。

それでもスープを出しながら、気にしない素振りを見せる。

「今日は王様にお目通りする日でしょ?なんと言っても勇気の十六の誕生日なんですものね」

「十六?僕はまだ…」

言いかけて、はたっと気付く。

どこかで聞いたセリフだ………どこで………。

勇気は、暖かいスープが冷めないうちに急いで食べる。

「さぁ、お行きなさいこの日を誰よりも待ち望んでいたのは、他でもない、あなたのはずよ。オルテガの夢を叶えて。この国を、世界を救う、勇者の夢を」

勇気は自分が置かれた状況を把握した。

母に似た、勇者の母は、現実の世界よりもずっと優しく、心の強い女性だった。

 

「悪いが、やっぱりいないね。戦士や僧侶がいても、当てにならない者ばかりさ」

勇気は暫くぼんやりしていたが、ルイーダの言葉にハッと気付いた。

「そんな!おいらは?」

さっきの酔っ払った僧侶が近寄ってきた。

「お黙り、むっつりスケベ」

「ははっ、むっつりスケベは体力と力が上がりやすいので、構いません」

確か攻略本の表にはそう書いてあった。

「ふーん、ちょっとは出来るみたいだなぁ」

「じゃぁ、一緒に行ってもらえますか?バラモス退治に!」

「さ、さぁ、何の事かなぁ〜」

僧侶はそそくさと席に戻っていった。

「悪いが、そういう事さ」

「そうですか………」

こんなにルイーダの酒場に人がいるのに。

せめて鷹哉が居てくれたら………。

そうだ!

「実は友達を探しているんです」

「ふーん」

ルイーダは、登録表を引っ張り出してきた。

「年齢は僕と同じくらい。鷹哉って人です」

「職業は?」

「分かりません………あ、でも、多分戦士か武道家に」

「ふーん、無いねぇ………」

ルイーダは色々と調べてくれたが、それらしき人物の登録はされていないようだった。

「そうですか」

勇気は軽く頭を下げ、振り返った。

「あんた、一人で行くのかい?」

「そうですね。仲間は自分で探します。有難う御座いました。ルイーダさん」

勇気は再び歩き、ルイーダの酒場を後にした。

 

 酒場を出ると、冷たい風が気持ちよかった。

酒場の中とは大違いな静けさに、少し耳が痛かった。

「勇気さん、ですよね」

不意に後ろから呼ばれ、振り返ると、一人の少女が立っていた。

「あ、やっぱり!・・・良かった!!」

小さく手を叩き、はしゃぐ。

その姿は、幼なじみの和歌奈に瓜二つだった。

「私、商人のカナエと申します。先ほど、酒場でルイーダさんとのやり取りを見ていました」

勇気は、容姿こそ和歌奈だが、喋り方が妙に大人びた少女に戸惑っていた。

「私は将来、自分で町を開きたくて、でも、知らない土地まで魔物が多くて一人では出られないし。差し出がましいとは思いますが、お供をさせていただけませんか?」

ペラペラとまくし立てるその喋りに、勇気はかなり戸惑っていた。

霧島といい、この少女といい、女って、どうして思った事を直ぐに言葉に直せるんだろう。

どうしてこんな早口でもつまづかずに喋ることが出来るんだろう。

勇気がげんなりしていると、再びカナエが口を開く。

「いえ、決して旅の邪魔はしません。それに前職は僧侶でしたので、回復程度ならお役に立てるかと」

「本当?」

「はい!」

思わず叫んだ勇気にカナエが目を輝かせて喜ぶ。

しまった!

「あ、………じゃぁ、頼もうかな」

「喜んで!」

嬉しそうにはしゃぐカナエを見て、まぁ悪い事ではないかと開き直った。

「あ、で、友達もいるんです。前職は魔法使いでした。一緒に行っても良いですか?」

「やり!いいよ。呼んできて」

仲間は多い方がいい。しかも前職とは言え、僧侶と魔法使いが仲間になると心強い。

ストーリーからいくと、商人は途中で手放さなくちゃならないけど………。

これで鷹哉が居ればいいんだけどなぁ。

ふと、聞きなれた声が飛び込んできた。

「だーかーら、王様に会いに来たの」

「ならぬ、お前みたいな奴を城に入れるわけにはいかぬ」

見ると、鷹哉らしき少年が城の前で揉めていた。

「鷹哉?鷹哉だろ?」

「え?勇気?何やってんだよ〜」

「鷹哉こそ」

「なんか気付いたらドラクエの世界へ入ってたんだ。で、朝からずっと城に入れてもらえるように頼んでるのに、そこの兵隊が入れてくれなくって」

鷹哉が睨むと、兵隊が睨み返した。

「鷹哉は入れなかったんだ」

「って事は、勇気は入ったのか?」

「って言うか、僕、勇者みたい」

「マジかよ〜って、その格好じゃ間違いねぇな」

鷹哉は勇気の格好を見て笑う。

ゲームの中の勇者そのものだった。

一方鷹哉はいつもと同じ格好だった。が、聞いた話では職業は武道家らしかった。

「で?ルイーダ、行ったんだろ?」

「それなんだけど………」

勇気はルイーダで起こった事を手短に鷹哉に話した。

「で、やっと、僧侶から転職した商人の女の子が声を掛けてきて」

「女の子?いいじゃん、いいじゃん。可愛かった?」

目を輝かせる鷹哉に申し訳無さそうに口を開きかけた時、

「勇気さん、お待たせしました」

「げっ!霧島」

カナエは現れた。

「友達のアルカです」

「よっろしく〜」

紹介されたアルカは片腕を高く上げ、ウィンクする。

その姿に、勇気も鷹哉も口をぽかんと開けたまま固まってしまった。

「あ、友達って商人じゃないの?」

「言ってませんでした?前職は魔法使いですけど、今は遊び人なんです」

勇気と鷹哉はアルカを見つめる。

無邪気に笑うその笑顔に、つい微笑んでしまう二人。

「でも、彼女は結構真面目ですよ」

真面目な遊び人………?

勇気は必死に考えた。

遊び人が真面目だと何がどうなるんだろう。

鷹哉も同じ事を考えていたせいか、顔を見合わせて苦笑いを交わした。

「ね、ね、どこへ行くの?ね、ね」

アルカの無邪気さは鷹哉の目でさえ優しくする。

その顔は、どこかしらクラスメイトの相田恭子に似ていた。

そう、霧島の友人の「恭子ちゃん」って子だ。

「マジかよ〜」

鷹哉は拳を作って叫び、もう片方の手を勇気の肩に掛けた。

「ん〜仕方ない、行くか」

女二人の黄色い声に背中を押され、勇気達は旅に出た。

 

勇気達は憧れのゲームの世界に入った事に喜びを感じていた。

「すげっ!スライムだ!」

鷹哉がスライムを指す。

「マジ?」

勇気が興味本位で近づく。

「ピキー!」

スライムに顔面をアタックされ、勇気は後ろへひっくり返った。

「この!スライムの癖に生意気な!」

勇気が銅の剣を振りかざす。

ぷにょ〜ん。

柔らかいその体は、自在に形を作り変え、銅の剣の刃は立たなかった。

「あはは、勇気、あはは」

鷹哉は腹を抱えて笑う。

スライムが体制を整え、勇気に向かって反撃する。

「わぁっ!」

鷹哉はスライムめがけて足を振りあげる。

「ピキー」

鷹哉の蹴りが上手く入り、スライムが逃げて行った。

「勇気さん、大丈夫ですか?」

和歌奈に似たカナエが駆け寄る。

「あぁ、大丈夫だよ霧島。なめときゃ治る」

「え?」

カナエは霧島と呼ばれ、言葉が脳にしみ込まないらしい。

「キ・リ・シ・マ・?」

「あ、カナエ」

勇気は舌を出して手を合わせた。

勇気達は、スライムの他にも、沢山のモンスターの相手をし、少しづつレベルアップさせていった。

 

 何日か過ぎ、だんだんドラクエの世界に馴染んできた勇気と鷹哉は、今日、シャンパーニの塔を目指していた。

方向音痴の勇気が見る地図は大概逆さまで、鷹哉が世話を焼く。

カナエは、そんな鷹哉にどんどん惹かれていった。

だが、カナエには街づくりという大きな夢がある。

何も無い土地でいい、小さな町でいい。

まず、お店を作る。

お客さんが集まり、空いている土地をどんどん売っていく。

商人講座で学んだ事を生かし、カナエは町を作りたかった。

だが、商人でありながら、町を作るなど、大きな事をと笑われ、講座を続けるには耐え難く、止むを得なく辞めてしまったのだった。

アルカと出会ったのはその頃だった。

アルカは魔法使いだったが、余りにも純粋な心の持ち主のため、怖くて呪文が使えなかった。

使う呪文といえばスカラなど、補助系の呪文ばかりで、メラやヒャドは、例えば暖炉に火をつける時や、逆に火を消す時等だ。

居場所を失った二人は、出会った瞬間に意気投合した。

その後、ダーマの辺りから出る船によってアリアハンへたどり着いた。

まだ魔物がそんなに凶暴でなかった頃の話だ。

 

夜になり、シャンパーニ周辺は急に寒くなった。

これ以上歩けないと判断した勇気に、テントを持っているからと、カナエは野宿を提案した。

鷹哉は勇気にも手伝わせ、早速テントを張る。

その手際の良さにカナエは見とれて、結局何も手伝えなかった。

「鷹哉さん、テント張るの、お上手ですね」

「だって俺はサッカーの合宿で…」

張り終えた鷹哉が、こった片腕を回しながら立ち上がり、カナエに振り返る。

が、サッカーと口にした途端、黙ってしまう。

「まぁ、いいや。カナエ達二人はそっちな。じゃ、お休み」

鷹哉は、さっさとテントへ入ってしまった。

 

「鷹哉ちんって、ちょっと怖いね」

アルカがうさみみを外し、寝袋へもぐりこむ。

テント1枚なので、聞こえないようにヒソヒソとカナエに耳打ちした。

「でも、お優しい方でしたよ」

カナエは、うっとりして今日の事を思い出した。

初めての戦いで慣れないだろうに、一角うさぎがカナエに飛び込んできた時、咄嗟に庇ってくれたのだ。

「私の方が戦闘経験があるのに・・・」

「ふ〜ん。あたしは勇気ちんの方が優しいと思うな〜」

「そう言えば、勇気さんも鷹哉さんも、まだ十二歳なんですって!」

「えーそうなの?アルカより六つも下?」

「ええ。私たちよりもずっと下なんですって。守って差し上げないとね」

カナエは悪戯っぽく微笑んだ。

 

  テントの中に入った勇気は、ただ呆然と中を見渡していた。

「僕テント始めて」

「そっか。結構面白いだろ?」

鷹哉の嬉しそうな顔につられ、思わず頷き、勇気は寝床に入った。

「なぁ、鷹哉、サッカーが嫌になったんだろ?」

そう言われて、鷹哉の顔が一瞬こわばる。

「勇気、まさかここまで喧嘩売りに来たんじゃないよな?」

「まさか。ごめん。そんなにこの話が嫌だなんて気づかなくて」

「いいよ、別に」

鷹哉も寝床に入り、勇気とは別の方向を向く。

勇気はそんな鷹哉の背中に呼びかける。

「僕達友達だよね?」

「だからって、何でも話せるわけないだろ」

「そっか。ごめん。お休み………」

鷹哉は少し後悔した。

悩み事を相談できる相手は勇気しかいないのに、その勇気が聞こうとしてくれたのに、断わってしまった。

そして、勇気を傷つけてしまった。

 

鷹哉は勇気の家から帰る時、道端で知らないおばさんに声を掛けられた。

知らないと言っても、クラスメイトの誰だったかのおばさんで、名前を知らないだけ。

サッカーをとても褒められ、期待された。

『クラスで、こんな有名人がいるなんて、鼻が高いわ』

どこへ行っても、何をしても、『サッカー』というネームプレートがついてまわる。

鷹哉は、うんざりしていた。

家に帰ると、口うるさい姉と、頼りない母が待っていた。

鷹哉にとって家とは、父のいる生活なのだが、今日も残業らしい。

帰るなり姉にテストを見せろと言われ、母にはサッカーがあるから成績は悪くても良いといわれた。

鷹哉は、うんざりしていた。

そんな事を思いだしながら、鷹哉は昼間の疲れから開放されるように、深い眠りについた。

 

 

一方、現実の世界で、和歌奈と雅之は毎日の様に仲良くしている事が多くなっていた。

「山本君!」

夕方になってもカバンを持っている雅之に声を掛ける。

「あ、霧島さん」

「塾の帰り?」

「うん」

「じゃぁ、真っ直ぐ帰らないと、お家の人が心配するねぇ」

「ううん、親はいつも帰りが遅いんだ」

雅之は和歌奈の話を促した。

「山本君、あの日、何があったか教えて」

「え」

「松坂君のおばさんも、林君のおばさんも心配して、とうとう学校に来たのよ」

雅之は分かってるよと心の中で呟いた。

「山本君の力になる。何か知っていて困ってるんでしょ?」

雅之の目が一瞬見開く。驚いているのだ。和歌奈はそれを見逃さなかった。

「あ、家、ここなんだ。上がっていく?」

雅之には下心があった。

毎日の様に一緒にいたせいか、和歌奈に惹かれていったのだ。

だから、少しでも長く話したい、一緒に居たいと思い、思わず上がっていくかなんて聞いてしまった。

「いいの?お邪魔しまーす」

和歌奈はそんな事も考えずに、すんなり家に入ってしまった。

雅之の玄関の間口は、和歌奈の家よりも狭く、靴を脱ぐと直ぐに玄関が一杯になった。

左手には靴箱、その裏が手洗い。薄暗くてよく見えないが、奥はキッチンらしい。

雅之は目の前にある階段を上っていく。

「僕の部屋は二階なんだ」

「なんか友達の家へあがるのって初めて」

「えっ、そうなの?」

友達が多い和歌奈からは、意外な発言だった。

和歌奈がワクワクしながら階段を上がる。

雅之もまた、嬉しかった。

少し狭くて、急な階段は和歌奈には怖かった。

上がると、小さな部屋が二つある。

手前の部屋は仏間らしく、和室だった。

雅之は奥の部屋へと和歌奈を導く。

自分の部屋らしき扉を開け、和歌奈を誘導する。

きちんと片付けられたテキストの山。

ちょっと大き目の本棚にびっしりと童話や、辞書が詰まっていた。

「あれ?」

和歌奈はその本棚の一番上に目をやる。

ドラゴンクエストの小説が二冊、片付けられていた。

「あ、最近読んでるんだ。何か恥ずかしいな」

雅之は和歌奈が部屋を見渡すので、落ち着けなかった。

「いいじゃない別に」

和歌奈は目を細め、微笑む。

「それより、早速本題に入っていい?」

「あ、うん。でも僕は何も知らないし………」

煮え切らない雅之に、和歌奈は渇を入れる。

「じゃぁどうして家に上げてくれたの?」

「え」

「だって、話す気が無いなら玄関先で追い出してもいいじゃない」

「それは………」

それは下心があったから、とは言えまい。

雅之は返事に困っているが、和歌奈の話は止まらない。

「お願い。山本君が知っている事を話して」

「知らない。僕は何も知らない!」

雅之は耳をふさぎ、頭を振る。

「山本君は松坂君や林君が心配じゃないの?」

「心配だよ。心配だけど、どうしようもない事ってあるじゃないか!」

「でも、諦めたらおしまいよ」

目撃したなんて言わなければ良かった。

諦める?何を。

助ける?どうやって!!

「出来ると信じて、お願い、私に教えて」

何をすればいい?話せばいい。

話せば解決できるの?

仕方の無い事が、出来ない事が、どうして出来るなんて言えるんだ。

ふと、雅之に不安がよぎる。

「そんなに、松坂君が、心配なの?」

松坂君が良いの?

松坂君が戻って来るために頑張るの?

「松坂君、松坂君って、何が言いたいの?」

和歌奈は雅之が分からなかった。

見た事を話してくれればいい。

いつも、あんな目で怯えて、何かを隠して。

明らかに助けを求めている目なのに、雅之自身がその目で訴えてるのに、放っておけないのに、聞いても、教えてもらえない。

どうして?

「僕は………」

雅之が椅子に座る。

和歌奈はベッドに腰掛けた。

「松坂君も、林君も心配だよ。でも、林君の事を話したら、松坂君が消えた。今度霧島さんに話したら、きっと霧島さんまで消えてしまう」

雅之は頭を抱え、うつむいた。

「大丈夫よ」

「え?」

その声はとても優しかった。

全てを包み込むような優しさがあった。

「あの二人が何故消えたのか、山本君は知ってるんだよね?」

「うん」

「だったら、どうしたら消えたのか教えて。私は消えたりなんかしないから」

一体どこからそんな自信が湧くのだろう、一体和歌奈は何を考えているのだろう。

「消えたっていうのは?」

「僕が何を言っても、笑わないでくれる?」

「うん。約束する」

確かな返事。

信じて欲しい。

本当に、この目で見てしまった、信じがたい真実を。

馬鹿馬鹿しいなんて、霧島さんなら思わないよね?

「見てしまったんだ。林君は、ゲームボーイの中に………消えた」

「え?ゲームボーイ?」

「うん」

和歌奈は目を白黒させた。

思ってもいなかった事。

「で、消えたの?」

「うん」

雅之の体が振るえる。

きっとずっと、信じられない、夢のような現実を、彼はずっと一人で背負ってきたんだ。

「信じたくないけど、画面の光に吸い込まれるようにして消えたんだ」

和歌奈は笑うどころか、抱き締めたくなってしまう気持ちをぐっと抑えた。

「だから、先生に言えなかったの、か」

和歌奈はうんうん、と頷き、少し話題を変えた。

「ねぇ、山本君って、ゲームボーイで遊んだことある?」

「え、無いよ?」

何?突然………?

「ふ〜ん、そうなんだ〜」

和歌奈は残念そうに締めくくる。

「え?何?」

雅之は気になって問いただしてみた。

「んとね、昨日、学校で『ゲームボーイが暗がりでよく見えるなって思ってた』って言ってたよね」

「あ、それ、実は松坂君も聞いてきたんだ」

「へー。そうなんだ」

和歌奈は、ちょっと嬉しそうに雅之を見つめた。

「ね、松坂君も霧島さんも何故その言葉が気になるの?」

「簡単な事よ」

和歌奈はカバンから、ゲームボーイの本体を取り出した。

今朝、勇気の母親から預かったものだ。

このゲームを付けっぱなしにして、突然いなくなった。と、渡された。

だから、この話を素直に聞く事が出来たのかもしれない。

雅之は、それを見て青ざめる。

「それは………!!林君のゲームボーイに触らないで」

和歌奈は雅之に近づき、雅之にも画面が見えるように並んで膝をついた。

「電源をつけてみれば分かるんだけどなぁ」

「え?」

まさか、そんな事を言うなんて。

「松坂君と私が何故今のような事を言ったのか」

「ええっ」

雅之は戸惑った。

「消えた原因がこれなら、私達もゲームの世界へ入れるはず」

和歌奈の目は輝いていた。

和歌奈の考えている事がやっと分かった。

目撃者の雅之も同じ世界に入ることが出来れば、皆で出口を探せばいい。

勇気をこの世界に追いやった事を悔やんでいるなら、同じ世界に自分も飛び込んでみる。

「危険だよ」

雅之は、そう言いながらも覚悟は出来ていた。

「やってみなくちゃ分からないわ。一緒に入れるんだよ?いいじゃない!」

和歌奈はどうしてこんな僕を助けてくれるのだろう?

「いい?いくわよ」

和歌奈の指がスイッチを付けた。

 

 

 

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