第二章 ともだち

 

次の日の放課後、勇気と和歌奈は担任の藤崎に残るように言われ、教壇の前の席に座らされた。

今日、鷹哉が学校を休んでいる。

鷹哉が休む事なんて、滅多に無いし、勇気は心配していたのだが、藤崎からの唐突な質問で目を丸くさせた。

藤崎の話では、鷹哉が昨日、学校から家に帰ってきていないという事だった。

「昨日は確かに一緒に遊びました。でも、十分くらいで用事を思い出したからって、帰っていきました」

「そうですか、何時ごろでしたか?」

勇気は聞かれ、考え込む。

学校が終ってから、暫く遊んでいた。それが何自負頃だったか覚えていなかったが、助け舟が出た。

「先生、昨日二人が教室を出たのは、四時前だったと思います。家まで歩いて五分・・・」

勇気と和歌奈の目が合い、二人で時間を計算しようとした時、和歌奈の背後から聞きなれない声がした。

「五時頃・・・」

ポツンと呟くように放たれた声の主は、クラスでも印象の薄く、勇気や和歌奈とは縁の無さそうな大人しいタイプの男子だった。

山本雅之。

その少年はひょろりと背が高く、メガネを掛けていた。

クラスで大真面目で優等生。いつも塾に通っていて、がり勉を連想させるタイプだった。

雅之は、勇気と和歌奈に振り返られ、少しためらいながらも続ける。

「先生、僕、五時頃林君を見かけました」

「山本君、それは本当ですか?」

藤崎が身を乗り出し尋ねる。

「はい。サッカーボール持ってたし。間違いないと思います」

「どこで見かけたのですか?」

「青山塾の河原です。なんか・・・寂しそうだった」

雅之は言葉を選びながら、ゆっくりと説明する。

「声は掛けなかったのですか?」

雅之は一瞬黙り込む。

「林君はクラスのボスザルだから、声掛けにくいよね?」

「分かりました」

藤崎の言葉で、雅之は小さくため息をついた。

「もう一度保護者の方に連絡を取ってみます。皆も林君を見かけたら、直ぐに先生に教えて下さい」

藤崎はクラスメイトにも暫く秘密にして欲しいと、三人に告げ、教室を出て行った。

「林君がまさか行方不明だったとは・・・家出・・・かな?」

「まさか」

和歌奈と勇気は、まだ席に座ったままで動こうとしなかった。

鷹哉が家出?そんなバカな。

勇気は机に突っ伏して考え込む。

本当に家出なら、どうして僕に何も言わずに行ってしまったんだろう………。

「あ、山本君、ちょっと待って!さっきの話、詳しく教えて!」

雅之がカバンに教科書を詰め終え、さっさと教室を出ようとした時だった。

和歌奈が声をかけ、引き止める。

雅之はビクっと体を強張らせ、足を止めた。

「もう、話すことは全部先生に話したから………」

「そっか」

和歌奈の残念そうな顔を見て、雅之は思い切って口を開く。

それは小さく、聞き取りにくい言葉だが、ゲームボーイと一言。

和歌奈は雅之からそんな言葉が出てくるのが予想外のように聞き返す。

勇気もビックリした風に、机から顔を引きはがした。

「ゲームボーイで遊んでいた、と、思う」

雅之は、名前くらいは聞いた事のあるゲーム機の名前を、自信無げに呟き、意を決したように説明する。

「辺りは真っ暗なのに、暗がりでよく見えるなぁ。って思ったんだ」

「確かに昨日、ゲームボーイで遊んでいた」

勇気が席から立ち上がり、カバンに教科書を詰め始めた。

そして、その手がふと止まる。

「あれ?でも、サッカーボールは持っていなかったぞ」

「じゃ、じゃぁ、誰だったのかな」

自信無げに呟く雅之に向かって、勇気が歩み寄る。

「山本、はっきりしろ!」

キーンと耳に響く声の大きさに、和歌奈は思わず耳をふさいだ。

「うるさーい!いきなり怒鳴らないでよ!」

和歌奈は雅之の元へ歩み寄り、勇気との間に割って入った。

雅之が怯えた様子なのに気遣い、優しく言葉を掛けてやると、どうやら落ち着いたようだった。

「松坂君、山本君は、あんたみたいに単細胞の頑固頭じゃないんだから、もっと優しく接してあげなよ!」

「僕はいっぴきおおかみだぞ!」

「知るか」

いっぴきおおかみと言うのは、最近やり終えたゲーム、ドラクエスリーの勇者の性格診断だった。

ゲームの初めに性格を診断するイエス、ノー占いがついている。それに従い進めていくと、勇者、つまりプレーヤーの性格を診断してくれる。

勇気はその正確診断で『いっぴきおおかみ』と出た。そう、頑固頭ではなく・・・。

和歌奈もそのゲームを知っていて、勇気が何を言いたいのかは、直ぐに分かった。だが、今は、そんな話をしている場合ではない。頑固頭は言葉のアヤなのだから。

「で?松坂君が言うように、サッカーボールを持っていなかったとしたら。やっぱり、一旦家へ帰ったって事?」

「でも、僕が見間違えたのかも知れないし」

「だから、どっちなんだよ!」

「まーつーざーかーくーん」

勇気は和歌奈に下から覗き込まれ、顔を背けると、雅之の怯えた目が目に入った。

「あ、ごめん。ちょっと心当たりの場所を探してくる!」

雅之と和歌奈を押しのけ、教室を飛び出した。

「あ、待って!」

待ってもらっても、どうもしないが、思わず声を掛ける和歌奈に、雅之は落ち着いたようだった。

「霧島さん」

「なぁに?」

勇気が帰って行ったので、和歌奈も帰り支度をする。

「松坂君と仲良いんだね」

「別に。家が隣だから幼なじみなだけ」

「ふぅん・・・」

雅之はそれを仲が良いって言うんだよと言いたくなった言葉を飲み込み、踵を返した。

「じゃぁ、僕は塾があるから」

「うん、ばいばーい」

和歌奈は振り返り、手を振った。

雅之はもう後ろを向いて歩き出していた。

 

 雅之には友達がいない。

両親は幼い頃に離婚し、勇気と和歌奈の様な幼なじみもいない。

母親に引き取られ、引っ越してきたのだ。

父は普通のサラリーマンで、母はちょっと有名な料理研究家。

頭脳明晰な母は、普通のサラリーマンである父に不満を感じ、離婚を決意。

やはり男は頭の良い人が良いと言い、雅之にそれを押し付ける。

毎日塾へ行け、成績を落としてはならない。

友達は頭の良い子としか付き合ってはいけない。

雅之自身、それを逆らう気は無かったし、毎晩遅く帰ってくる母が、一生懸命作ってくれる暖かい夕食に感謝していた。

それが普通の暮らし。

雅之にとって、普通の生活なのだ。

だが、今日の勇気と和歌奈のやり取りを見て、少し羨ましいと思った。

雅之には喧嘩相手もいない………。

雅之はカバンからゲームボーイカラーを取り出した。

 

 一方、勇気は家にカバンを置くと、鉄砲玉のように飛び出していた。

昨日、雑巾を蹴って遊んでいたのは、鷹哉がボールに飽きたと言ったからだったのを思い出す。

ボールに飽きたって事は、サッカーが嫌になったのかも知れない。

昨日遊びに来た時、母親がサッカーの話を話題にしたから帰ったのだとしたら………?

・・・そっか、気付いてやれなくてごめん・・・

勇気は諭した。

母に聞いたところ、鷹哉のサッカー好きは町内中に広まっているらしかった。

町を歩くたびに鷹哉は声を掛けられたんだろう。

余り遊びに出たくなかった筈だ。

だけど、家に帰っても、きっとおばさんが褒めたりするだろうし、鷹哉は居場所が無かったんじゃないか。

勇気は夢中で走った。

どこを走ったら良いか全然思いつかない、だが、今はとにかく手がかりの掴めそうな河原に向かっていた。

“鷹哉は、河原でよく遊んでいたから”

ふと、見渡すと、雅之らしき人物がゲームボーイを片手にうつむいて立っていた。

「あっ!」

思わず叫ぶと、雅之がビックリして走り出す。

「待て、逃げんなよ!」

勇気の方が、足が速く、直ぐに追いついた。

雅之は肩に手を掛けられ、振り向くと直ぐに頭を何度も下げて謝る。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「はぁ?」

勇気には何故そんなに必死に謝られるのか分からないが、雅之は何度も頭を下げる。

「悪気は無かったんだ。ただ、ちょっと、どんなのかな?って」

雅之はゲームボーイを勇気の前に差し出した。

ピンク色で、ドラクエワンツーを購入した時限定に貰える、スライムのストラップがついていた。

「あ、これ、鷹哉の」

勇気はそれを見ただけで、直ぐに鷹哉の持ち物だと気付いた。

ゲームボーイ本体も、ドラクエワンツーも一緒に買いに行った。

何より、昨日一緒に遊んだゲームボーイ本体そのものだった。

「やっぱり、林君のものだったんだ」

「やっぱりって、山本、他に何か知ってるのか?本当はもっと重要な事を隠してるんじゃないのか?」

だが、雅之は謝るばかりで、何も言わない。

「山本、謝ってばかりじゃ分からないだろう、きちんと説明しろ!」

勇気は怒鳴り、そして、はっと気付く。

雅之の怯えた目。

「あ、いや、怒鳴ってばかりでごめん」

勇気は和歌奈に言われた事を思い出す。

『林君はクラスのボスザルだから怖いよね』

その『林君』と友達の『松坂君』を怖くないはずが無い。

「心配なんだ。鷹哉はきっと一旦家に帰ったんだ。それで、おばさんにサッカーの事でプレッシャーをかけられたんだと思う。だから、サッカーボールを持ち出したんだ」

「うん。ボール蹴ってたよ」

雅之は落ち着いた様子で肩の力を抜いた。

友達っていいな。

心配する友達がいていいな。

「それで?その後?」

「分からない、腕時計に目を落として、顔をあげると消えてたんだ」

「消えた?」

「や、分からないけど」

つい、うっかり口を滑らした雅之は、思わず否定の言葉を捜す。

「実は林君が何処に行ったか、妙に気になって探してみたら、付けっぱなしのゲームボーイが置き去りになっていた」

「だったら誘拐?」

「分からない。御免なさい。本当に何も分からないんだ」

そう、本当にゲームボーイの中に人が吸い込まれることってあるのだろうか?

雅之は言葉を飲み込んだ。

そんな有り得ない事を言った所で何になる。

「それ、そのゲームボーイ、僕が預かってもいいかな?」

ふと手元を指され雅之はハッと我に返った。

「も、勿論。松坂君が返してあげて」

雅之は勇気に、ゲームボーイをしっかりと手渡した。

「サンキュー。じゃぁな」

勇気は、そう言って雅之に背を向けたが、もう一度振り返った。

「あ、山本、暗がりでよく見えるなって思ったって、さっき学校で言ってたけど・・・」

「え?」

「あ、いや、なんでも。また明日」

勇気はゲームボーイを握ったその手を軽く上げ、家に向かって走っていった。

「うん、明日!」

明日、明日また、会う約束をした!

初めて交わした言葉に、雅之の胸は躍った。

 

 次の日、雅之はそわそわしていた。

『また明日!』と言ってくれた松坂君。

一緒に遊ぼうって誘ってくれるかな。

「あ、山本君、お早う。どうしたの?そわそわして」

和歌奈にも分かるくらい雅之の心は踊っていた。

「あ、松坂君まだかなぁ〜なんて…」

雅之はちょっと冗談めいて、照れる。

「松坂君ならまだみたいだけど、なぁに、もう仲良くなっちゃった訳?」

「え、ま、まぁ」

そんな話をしている所を、二人とも藤崎に呼ばれた。

授業が始まる前で、生徒が大勢いるため、廊下に出る。

クラスの男子が鷹哉と勇気が居ないためか、調子に乗って教室から身を乗り出す。

藤崎は目で『こら!』と叱り、手を振って教室の中に戻らせた。

「また何かあったんですか?」

和歌奈は呼び出された事で、鷹哉についての情報が入ったのかと思っていた。

だが、藤崎の口から出た言葉は、もっと別の事だった。

「霧島さん、山本君、昨日、松坂君を見かけませんでしたか?」

「昨日は林君を探しに行くといって、授業の終わりに猛スピードで教室を出てからそれっきりですけど………もしかして松坂君も行方不明なんですか?」

「そんな!」

雅之はつられて声を上げた。

「山本君は?」

反応からして、どうやら何か知っていそうだと判断した藤崎は、雅之にも聞いてみる。

「えっと、えっと」

「山本君、何か隠してない?」

和歌奈に指摘され、雅之は肩を強張らせた。

「急に松坂君と仲良くなったし、昨日、もしかして二人で会ったんじゃないの?」

「それは…」

「山本君、大切なことですから、きちんと話してください」

藤崎にも言われ、雅之は考えた。

もし、鷹哉と勇気が消えた原因が同じだとしたら・・・。

雅之は勇気にきちんと説明しなかった自分が悪いと責任を感じた。

昨日、きちんと“林君がゲームボーイの中に消えた”と言えば、もしかしたら勇気は消えなかったかもしれない。

立て続けにクラスメイトが行方不明、その内の一人が消える瞬間を目撃し、雅之はかなり気が動転していた。

だが、本当の事を言った所で解決するはずが無い。

消えた?どこに?

ゲームボーイの中だって?馬鹿にするな!

雅之の中で何かが葛藤する。

雅之は何とか落ち着かせ、言葉を選ぶ。

「でも、僕もまだ分からないんです。昨日二人で話をしたのは、林君がサッカーをやめたがっているって事だし、松坂君が居なくなった理由と結びつけるにはちょっと………」

明らかに何か隠してる風の一人の生徒を見つめ、藤崎は少し考えたが、今はそっとしてやる事に決めた。

「そうですか。分かりました。二人とも教室に戻ってください」

 

 昨夜、勇気は雅之から手渡されたゲームボーイを眺め、夕食後に母親から言われた事を思い出していた。

 

「勇気、勉強してるの?和歌奈ちゃんから聞いたけど、トップは百点で、山本君っていう子なんですって。勇気ももう少し頑張ったらどうなの?」

「でも、鷹哉は、三十二点だったんだよ?」

「鷹哉くんは、サッカーがあるでしょ?和歌奈ちゃんはピアノが出来る。でも、勇気は?勇気は何もないでしょ?」

“母さんは、いつも誰かと比べる。そんなに、そんなに何かを持っていないといけないの?”

「勇気?」

母親は、勇気の顔を覗き込む。

「僕は母さんの子供になんかなりたくなかったよ!!」

勇気はそういい残して部屋へ入った。

ベッドに寝転ぶ。

ポケットの中身が当たり、鷹哉のゲームボーイカラーの存在を思い出した。

先日やり損ねた、モンスターメダルの交換をしてやろうとスイッチを入れた。

 

途端、勇気の姿は消えてしまった。

誰にも気付かれることなく…鷹哉と同じ様に………。

 

 

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