第一章 消えたクラスメイト
「はい、今日はここまで」
授業終了の合図が鳴る。
鐘の音にあわせて、教室の中が一斉にざわめき始めた。
六年三組の担任、藤崎は声を張り上げて、生徒を黙らせる。
「クラス対抗音楽発表会は一週間後に迫りました。霧島さんはピアノを頑張っていますので、みんなは歌を頑張って覚えましょう」
教科書やペンケースを片付け始める生徒の中で、一際目立った行動を取る男子生徒を二人見つけ、ちょっと気取ったポーズをつける。
人差し指を伸ばしチョークを持った姿のまま、二人を指す。
「特に松坂君と林君は私語ばかりで一つも覚えていませんね。いつか居残りさせますよ」
「げっ!」
二人の生徒はお互いに目を合わせ、顔をしかめる。
藤崎はそのままニッコリ笑い、教室を出た。
生徒達も音楽室から出て、教室へ戻る。
最後の授業、ホームルームがあるため、まだ帰ることは出来ない。
休憩時間は十分で、それぞれ手洗いに行ったり、級友と話したり・・・。
その中で、一人の女子生徒が廊下で話しこんでいる男子生徒に近づく。
「林君、ちょっと」
「やだね」
呼び出そうとしたが、断わられ、女子生徒はムッとする。
「何よ、まだ何も言ってないでしょ」
「言わなくても分かるよ」
林は級友との会話を邪魔され、機嫌が悪かった。
林鷹哉。
鷹哉は、サッカーが大好きで、得意な少年。
クラスの中で身長は、やや高め。
言葉遣いや態度が悪く、クラスでは恐れられている存在である。
「じゃぁ、ここで言うわ。二組の岸田さん」
女子生徒は一通のラブレターを差し出す。
「やっぱりコレだ」
だが、他のクラスの女子からは人気で、よくラブレターを渡されかける。
渡されかける…そう、まだ一度も受け取った事は無い。
「何よ、一通くらい受け取んなさいよ!」
目の前の女子に差し出され、鷹哉は顔をしかめた。
「お前なぁ、近所のおばさんみたいな事をするなよ」
思わず怒鳴り、睨んでしまう。
鷹哉には、年の離れた姉がいる。
いちいち細かく煩い姉だが、近所から、見合いの話を持ち込まれた時だけは、静かになり、うんざりするのだ。
そんな時は姉を可愛そうだなと、子供心に感じていた。
目の前にいる女子生徒は、正に、姉にお見合い話を持ち込んでくる近所のおばさん同然なのだ。
目は三白眼。逆三角なので普段から生意気だと言われる鷹哉の目は、時々クラスメイトを黙らせる効果がある。
だが、目の前の女子には通用しなかった。
鷹哉と話していた級友が、やれやれ。といった様子で二人を見守る。
「本っとに、こいつの何処が良いのか聞きたくなるわ」
お手上げポーズで鷹哉を睨む女子は、舌をペロリと出した。
「んだと?大体、自分で渡しに来ない奴の手紙なんか読めないね」
「本人の手渡しでも受け取らないくせに!」
「悪いかよ」
開き直る鷹哉に向かい、女子生徒は呆れた顔をする。
「あんたがそんなんだから渡せないんでしょ」
「だから手紙?」
好きだからラブレターになるんだろ?
だのに怖いから渡せない!?
「訳分かんねぇ」
鷹哉は級友さえも放って、教室へ入ってしまった。
「ちょっと、話はまだ終ってないわよ!」
女子生徒が追いかけて教室へ入る。
始業の鐘が鳴り、取り残された級友も、ため息をつき、教室へ入った。
残された級友・・・
松坂勇気。
勇気はとくにこれと言った趣味も特技も無い。
特技といえば、クラスで恐れられている鷹哉と、唯一親しくしている仲、だと言えることくらい。まぁ、これが特技とは言い難いが…。
今教室に入って行った女子と生まれた時からの幼なじみ、腐れ縁だ。
藤崎が教室へ入り、生徒達は静かになった。
「今日のホームルームはテストの答案を返します。必ずお家の人に見せてください」
藤崎が生徒達の名前を呼び、答案を返していく。
「霧島さん」
霧島和歌奈。
クラス対抗音楽発表会でピアノの伴奏を任されている。
さっき、鷹哉にラブレターを差し出した女子で、勇気と幼なじみ。
和歌奈は呼ばれ、答案を取りに行く。
行く途中で鷹哉と目が合い、にらみ合う。
「ふん!」
和歌奈は席に着き、答案をこっそり見る。
「やだ!」
「和歌奈ちゃん、テストどうだった?」
相田恭子。
少し気が小さく、いつも和歌奈のお尻にくっ付いている様な子だ。
「恭子ちゃんは?」
和歌奈は自分の答案を隠し、反対に恭子に尋ねる。
「今回のテスト、難しかったよね」
「え?あ、まぁね」
和歌奈は適当に返事をし、ホームルームが終るのを待った。
ホームルームが終ると、待ってましたとばかりに、生徒達が机の上を片付け、帰る支度をし始める。
教室から出る生徒の殆どが音楽発表会で歌う、歌を口ずさんでいた。
「和歌奈ちゃん!一緒に帰ろう」
恭子は帰る準備を整え、和歌奈を誘う。
「あ、うん、もうちょっと待ってね」
和歌奈も急いで支度をする。
「和歌奈ちゃん、上手になったよね、ピアノ」
「そう?嬉しい」
和歌奈の顔がたちまち緩む。
クラスで決めた、皆で歌う歌、それは和歌奈が大好きな、ドラゴンクエストから選ばれたものだった。
ピアノで普段から練習していたが、なかなか上手く弾けなかった曲の一つで、それが上達してきたと言われると、とても嬉しいのだ。
「唇を噛みしめた時〜・・・か。・・・私もドラクエってやつ、やってみようかな」
恭子はそう呟き、和歌奈を見る。
「きゃぁっ!」
「和歌奈ちゃん!」
丁度和歌奈の頭の上に雑巾が乗っかった所を恭子は目撃したのだ。
「やべ!」
「どうした?鷹哉…げっ!」
和歌奈は勇気と鷹哉の声を確認する。
「き、霧島…あはっ」
「鷹哉笑うな、霧島は…好きで雑巾を被ってるわけじゃ…あはは」
鷹哉がボール代わりに蹴って遊んでいた雑巾が、見事和歌奈の頭に乗っかったのだった。
「林君…わ・ら・い・す・ぎぃ〜〜〜」
和歌奈の右手にはしっかり拳が握られていた。
「やべ、勇気、逃げるぞ!」
鷹哉が一目散に教室を飛び出す。
「あなたたち、掃除当番でしょっ!!」
再び取り残された勇気が、鷹哉の後を追い、教室を出て、入り口で振り返る。
「言っとくけど霧島、僕のせいじゃないからな!」
だが、その声はどこか楽しそうだ。
「同罪よ!」
恭子が和歌奈の頭に乗った雑巾を優しく取ってやる。
「和歌奈ちゃんあの二人、クラスで怖いって言われてるよ、相手するなんて、凄いね」
「怖い?あぁ、そうかもね」
和歌奈はクスッと笑い、頭を払う。
「松坂君とは家が隣なの。幼稚園の時からずっと一緒よ」
「え、家が隣?」
恭子はどこか嬉しそうに聞き返す。
が、和歌奈は気付いた風でもなく、話し続ける。
「うん。松坂君のお父さんと、私のお父さんが昔から仲が良いんだって。小さい頃から知ってるよ」
「へー。じゃぁ、林君は?」
「あいつは最低よ、モテる事を鼻にかけてんの。たいしたこと無いよ」
和歌奈はさっき、友人のラブレターを受け取って貰えなかった事を思い出していた。
なんか嫌な奴、なんだよね。
鷹哉は勇気の家に遊びに来ていた。
分譲一戸建てのその家は、和歌奈の家と左右対照な造りだ。
向かって右側に扉があり、中に入ると目の前に階段。
左側にキッチンと、奥に続く、広めのリビング。
さらに奥に進むと両親の寝室が有った。
「鷹哉くん、久しぶりね」
いつも留守の時に遊びに来るので、勇気の母と会うのは、久しぶりだった。
母は手前のキッチンから顔を覗かせ、早速おやつの準備に取り掛かる。
「お邪魔します」
礼儀正しく挨拶をし、靴も揃えて上がる。
鷹哉の父の躾が良いせいか、友達の家に行くと、必ず褒められる。
友達と言っても、勇気の家にしか行った事は無いが、勇気の母は、鷹哉をとても気に入っていた。
「母さん、二階へ上がるから、おやつ宜しくね」
二階へ上がると直ぐ左にある廊下を奥へ進む。突き当りが勇気の部屋だった。
ゲーム機やゲームソフトが所狭しと放り出され、勇気は、そのソフトの一つを掴み、残りのゲームは手で押しやった。少し広くなったそのスペースに、早速寝転ぶ。
勇気が手にしたゲームは、最近発売されたドラクエスリーのゲームボーイ版だ。
二人ともプレイを終え、新システムである、モンスターメダルを集めていた。
「鷹哉、ひとくい箱の銅メダルある?」
「やだね、一枚しかないし」
「記録残し!」
「ならOK!」
と、そこへ母がはいてきた。
「勇気、ジュース入れたわよ。ほら、寝ながらゲームしないの。ジュースがこぼれるでしょ」
「お母さんはあっちへ行ってて」
「もう、勇気ったら」
母は勇気のお尻を冗談めいて引っぱたく。
勇気は器用に下半身を母親から遠ざける。
「ふふっ、鷹哉君、勇気ってば迷惑かけてない?」
「いいえ」
鷹哉は手を止め、勇気の母を見る。
「でも、鷹哉君はいいわね。サッカーがあって。勇気にもこれと言った特技かなんかが有れば良いんだけど。鷹哉君のお母さんが羨ましいわ」
鷹哉は一瞬顔をこわばらせる。
「あ、俺、用事を思い出したんで………」
「帰んの?」
通信ケーブルを突然抜かれ、勇気はビックリして体を起こす。
「あらあら、じゃぁ、このお茶菓子持って帰ってね。お母さんに宜しく伝えてください」
母はテキパキと包み紙にお菓子を包み、鷹哉に手渡した。
「はい。ご馳走様でした」
鷹哉は勇気に『じゃ。』と短く、その手を振り上げ、帰って行った。
鷹哉が帰って行ったのを確認して、勇気が扉を閉める。
「勇気、今日、テストが返ってきたらしいわね」
勇気は靴を脱ぎ、時間稼ぎに玄関の靴を揃え始める。
「お隣の和歌奈ちゃんは九十八点ですって。勇気は?」
勇気は、口の中で何やら呟き、ため息をついた。
「霧島の奴・・・チクったな」
ポケットに丸めて突っ込んであったテストを母に見せ、早々に退散しようとして、足止めを食らう。
「え?六十五点?勇気、きちんと勉強したの?」
「したよ」
「したのにどうしてこれだけしか取れなかったの?」
最近、テレビゲームばかりして、成績が落ちてきた勇気。
だが、テレビゲームを取り上げる前にまず七十点をキープするように、親子で相談して決めたのだ。
もし、七十点以上取らなければゲームを没収する。
と、そこへ玄関がガチャガチャなり、父が現れた。
「ただいまー」
歌うように言いながら、早速ネクタイを緩める。
「お父さん、お帰りなさい」
母は父のカバンを持ち、コートを脱がせながら続ける。
「お父さん、勇気ったら六十五点しか取れなかったのよ」
父は小さくなった勇気を見て、にんまり笑い、玄関から奥へ上がっていく。
母も付いて行き、クローゼットにコートを掛ける。
父は目で勇気をそばに呼びながら話を続ける。
「六十五点なら中の上じゃないか。お父さんは兵隊さんだったぞ」
「兵隊さん?」
勇気が興味を持ったように聞き返す。
「一、二、一、二!」
父が言いながら足踏みをする。
大きな体が左右に揺れる。
勇気は笑い出しそうになり、母に睨まれ静かになる。
「おっ」
父は壁に掛かったカレンダーをしげしげと見つめ、足を止める。
カレンダーには町内運動会と赤ペンで書かれてあった。
「父さんは来なくていいよ」
「どうして」
「そのお腹、その体型、走っても一番取れっこないし」
勇気は父が嫌いだった。
父の体は大きい。だが、お腹も、頭も、何もかもが大きく、勇気の目には不細工に見えた。
直ぐに汗をかくし、体臭も酷い。
毎日額に油を乗せて、フーフー言ってる。
大人になると、僕もこうなるのかな?そう思うと父にはもっと筋肉をつけて、格好良くなって欲しかった。
勇気はちょっと意地悪く父に告げ、走って逃げた。
「勇気!」
二階へ上がる階段の前で振り返りる。
「とにかく格好悪いから来ないで。じゃぁ、お休み」
そのまま階段を駆け上がってしまった。
母は困った顔をしていたが、父はわざと目を大きく開いて、肩を竦めて微笑んだ。
ひょろりと背の高い、メガネを掛けた少年が塾の帰りに河原を歩いていた。
この時期、夕方の五時前でも辺りは真っ暗だ。
いつもの塾の帰り道、ボールを蹴る音が聞こえて、ふと、足を止める。
丁度橋の下のコンクリートにボールを蹴っているような音がする。少年は物音の正体を見ようと橋から遠ざかって橋の下を覗き込んだ。
そこには一人の少年がいた。
「林君・・・?」
メガネの少年は、ボールを蹴っている人物が林鷹哉だと認識するのに時間が掛かった。
クラスでいつも先頭切っての大暴れ。
怒鳴るし、睨むし、怖い。
でも、そこにいる鷹哉は、どこか寂しげで、元気が無かった。
それでも声を掛けようものなら『うるさい』等と怒鳴られそうだったので、少年は黙って見ていた。
鷹哉はボールを存分に蹴り終わった後、そのボールはまだ跳ねているのに、ポケットからゲームボーイを取り出した。
辺りが静かなせいで、電子音が少年の耳まで届く。
「ゲーム?」
その瞬間、ゲームボーイの画面が眩しく光った。
「わっ!」
鷹哉の声が響き、その瞬間、鷹哉がゲームの中に吸い込まれていくのが見えた。
「え?」
さらに強く光だし、少年もあまりの眩しさに目を閉じた。
辺りが静かになるのに、時間は掛からなかった。
本当に一瞬の出来事で、だが、少年は呆然として、鷹哉がいたはずの場所へ目を向ける。
「林君?」
少年はびっくりして橋の袂まで走って行った。
そこには、鷹哉の持ち物と思われるゲームボーイ本体が一つ、置いてあるだけだった…。
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