第三章 虹のしずく

―  雨雲の杖 ―

「ねーまだなのかなー」
「勇気さん、本当にここで雨雲の杖が手に入るのでしょうか」
「うん、そうなんだけどね」
僕達は幾度と繰り返す戦いを経て、雨のほこらへと辿り着いた。でも、肝心の賢者の姿がない。
「ね、松坂君、ここに出てくる賢者って、スリーの時の賢者じゃないの?」
「え?そうなの?って事は、山本なのか?」
「勇者が再び旅立ってしまった後、その時パーティーにいた賢者が守るって思ってたけど」
霧島がそう言うなら間違いないんだろう。だけど、山本はメダルを持って無くて、多分この世界には来ていないんだと思うけど・・・。
「それに・・・心を一つに合わせなきゃ」
「霧島、それシアターのストーリーだろ」
鷹哉が誰とも目を合わさないよう、辺りを見渡しながら言った。
「そうだけど」
「だったら、別に絶対、そうしなきゃならないこともないし」
「そーだけど・・・」
鷹哉と霧島の間にも冷たい空気が流れる。この世界で何日過ごしたかな。僕達はずっと一緒にいるけど、いまだに仲直り出来ない。チャンスは何度もあったのに。
「カナエちん、これ見て!」
アルカが何かを発見したらしく、大声を上げた。その途端、アルカの姿が消えた。
「アルカ!!」
僕達はアルカが消えた場所まで駆けつけた。
「アルカがこの壁にさわった途端、消えました!」
カナエが興奮した様子で叫んだ。駆けつけた鷹哉がため息をついて、壁を押した。途端にぐりんと回って、僕達は壁の裏側に入り込んだ。
「あ、カナエちん!」
アルカがいた。そしてもう一人。
「ああーーっ!」
全員で指を指した。
「カンダタ!!」
間違いない。目の前にはカンダタがいた。
「カンダタ、どうして?」
「勇気か?鷹哉に、カナエ!」
僕達は久しぶりに会ったカンダタと握手した。
「こっちのお嬢さんも覚えてるぜ!俺様をルーラで神竜の所に連れて行ったカナエのそっくりさん!」
霧島とも握手する。
「いやぁ、みんな逞しくなったなー」
「カンダタさん、レディーに対して逞しいは失礼じゃありません?」
カナエはおどけてみせた。
「お、わりぃわりぃ」
何がどうなってんだ?僕達はカンダタに話しを聞いた。
カンダタは神竜に願いを叶えてもらった後、大切な神器を守るように仰せつかったらしい。何せ勇者と共に戦った英雄だから。って言っても、カンダタは戦いの半分ほど気を失ってたんだけど。そんなカンダタだけど、新たに世界を救う勇者が現れたとき、間違いなく届くようにと、その任務を任されたらしい。
「だったら、雨雲の杖くれるよね?」
僕は聞いてみたが、カンダタは全員の顔を見渡した。
「あぁ、やるが・・・今のお前には使いこなせねぇなぁ」
「どうして?」
「てめーらの顔みてりゃ分かる。このメンツでは、神竜の仇は取れねぇ」
「えっ」
「まぁ、魔の島に渡れねぇんだから、持ってても無駄だろうがな。ほらよ、雨雲の杖だ。太陽の石と合わせろ」
カンダタはそう言って僕に杖を手渡してくれて、
「ひとつにな」と続けた。

僕達は部屋から追い出され、さっきの祭壇に戻ってきた。雨雲の杖と太陽の石を置いても、何も変わらない。
「カンダタが言ってたね。無駄だって。どうして?」
「ひとつに合わせるように言ってましたね。ひとつに合わせるもの。心当たりあるんじゃないですか??」
カナエは僕に尋ねた。
「さっき、和歌奈ちんが言ってたよね、心をひとつにってー」
アルカまで僕に・・・。
「・・・仲直り、出来ないのですか?」
カナエとアルカは、祭壇を背に並んで座り込んだ。
誰も黙ったままで、何も言えなかった。僕は、そりゃ仲直り出来るもんならそうしたいけど、分からないんだ。どうすればいいか。これ以上鷹哉を怒らせたくないし、失うのが怖い。
「勇気さん達の世界はとても平和なんですね」
カナエは鷹哉にも聞こえるように言った。
「この世界では、魔物が出て、いつ殺されても不思議じゃないんです。もしかしたら明日の朝日を見ることが出来ないかも知れない。そんな荒れた世界だから、今思ってることは、ちゃんと言っておかないと後悔しちゃいます。後悔させてしまうこともあるんです。今しか出来ないことを、明日にまわせるなんて、幸せな時代なんですね」
今しか出来ないこと?それって、何か引っかかる。何だろう、何か大切なことを思い出そうとして、直ぐに忘れた。僕はとても大切なことを明日にまわそうとしている。・・・えっと、何だったかな〜・・・。カナエは一瞬黙って、再び口を開いた。
「・・・私は鷹哉さんが好きです」
カナエがそう言った途端、微かに空気の流れが変わった。
「けど、あの時にちゃんと言えなくて、鷹哉さんとはそれっきり会えなくなったのに、それで済んでしまう。結局は、そこまでの関係だったんです」
カナエは静まりかえった祭壇の前で続ける。微かに声が響いて、多少遠い位置にいた鷹哉にも聞こえているようだ。
「寂しいです。あれだけ一緒に笑ったり泣いたりしたのに、たった少し言葉が足りなかっただけで終わってしまうなんて」
「別に終わってないだろ。また会えたんだし」
「それは、会えたから言えることでしょ」
鷹哉の言い分は分かる。けど、カナエの言い分はよく分からない。
「勇気さん、何故喧嘩になってしまったのですか?」
僕は急に話しをふられて、戸惑った。
「えっと、・・・僕が、鷹哉に隠し事をしたから」
「私が松坂君と二人で話してたことでトラブルになったんなら、私のせいよね。ごめん」
霧島が素直に謝った。だけど・・・
「違う。そうじゃない」
僕は言った。これは僕と鷹哉の問題だ。霧島は関係ない。
「でも」
「霧島は黙ってろ」
鷹哉が鋭く言ったので、さすがの霧島も固まってしまった。
「鷹哉、ここで言えばそれでいい?それで鷹哉の怒りは治まるのか!?」
「治まるわけないだろ!何度も聞いてるのに、今更!」
「じゃぁ殴れよ。絶対言わないから!!」
僕は鷹哉の気持ちも分かる。今更謝っても許してもらえない。本当の事を言ってももう遅い。
「へぇー、言うつもりは無いんだな?」
鷹哉が僕に近づいてきた。う、やっぱり怖い。
「鷹哉さん!暴力は駄目です!」
カナエが鷹哉に走りより、腕を掴んだ。
「俺は今、勇気の事が信用出来ないんだ。殴っても言うつもりが無いって言ってんだから、本当かどうか殴ってみるしかないだろう」
「そんな・・・!!」
女子はショックを受けたようだった。怖がってる。当たり前だけど、霧島も。
「カナエ、どいて」
僕はカナエを鷹哉から遠ざけた。その途端、腹に蹴りが入った!!

「きゃぁっ!」
アルカが悲鳴をあげた。
「効いた?手加減したつもりだけど」
「いいや、全然」
かなり効いたけど、平気な振りをした。でも、多分、さっきの蹴りは手加減してきてると思う。鷹哉の蹴りは、こんなもんじゃない事ぐらい、僕は知っている。そしてもう一回、今度は顔を殴られた。
「反撃しねーのかよ。勇気のそういうとこムカツク」
鷹哉が僕を睨む。ムカツクって鷹哉から初めて言われた。確かに僕は鷹哉の気が済めばって思って反撃しないつもりだった。でも、鷹哉だって僕に手加減したりして、自分のこと棚に上げて・・・。
「へぇー僕も。鷹哉のそういうとこムカツク」
僕も鷹哉を睨み返して、鷹哉の顔を殴った。
鷹哉が殴る。
僕が殴る。
胸ぐらを掴まれて取っ組み合いになった。
二人はごろごろ転がった。
僕は間違ってない!勝兄ちゃんとの男の約束を守ってるだけだ。だから、ここで負けるわけにはいかない。
鷹哉はどういうつもりなんだろう?
まだ僕と霧島の仲を疑ってるのかな?
それとも別のことを考えてるのか・・・。
僕はふと考える。

鷹哉とこんな喧嘩をしたのは初めてだ。

「ふ、ふふっ」
ふと鷹哉が笑った。
「あははっ、ははっ」
鷹哉がお腹を抱えて笑い出した。
「あはは、はははっ!!」
僕も笑った。寝転がったまま、二人はゲラゲラ笑った。暫くして、上半身を起こして、二人は向き合った。
女子はみんな、ぽかーんとあっけに取られている。
「霧島、勝兄ちゃんとの約束、無かったことにする」
僕は続けた。
「セブンはいつでも出来るし。でも、鷹哉に隠し事なんて、僕には無理だ」
そう。僕は大切なことを忘れていた。僕はただゲームのことで頭がいっぱいで、遊ばせてもらえてラッキーなんて思ってたけど、ゲームより鷹哉の方が大切で、必要で・・・一人でゲームをやったって楽しくない。内緒でゲームやったって、鷹哉に嘘や秘密が増えていくばかりだ。カナエの言うとおり、そこで終わってしまえるのなら、それでも良かったかも知れない。けれど僕達はそこで終わりじゃなくて、だからこそ、失わないようにちゃんと喧嘩してでも乗り越えないと駄目だ。
今しか出来ないこと・・・鷹哉と力を合わせて戦うこと。
「ちゃんと鷹哉に謝りたいから、言っても良い?」
「・・・教えてくれるの?」
鷹哉は意外そうに僕を見たけど、少し嬉しそうだった。
「霧島のお兄ちゃんとゲームさせてもらう約束してた。黙っててごめん」
「なんだ、そうだったのか」
鷹哉はほっとため息をつく。
「勇気は幼なじみだからそれもアリだろ、遊ばせてもらえばいいんじゃねぇの?霧島のお兄ちゃんって、俺知らないもん」
鷹哉はそう言って許してくれた。なんだ、たったそれだけの事だったのか。隠さずにちゃんと言えば良かったんだね。
“たった少し言葉が足りなかっただけで・・・”
カナエの言葉が今やっと分かった。
アルカがカナエの腕を振り解き、僕達の元へ駆け寄った。そっか、あれから邪魔しないように見届けてくれたのか。
「勇気ちん!鷹哉ちん!」
アルカがじっと僕達を見据えた。
「・・・ん、だよ」
鷹哉が照れた顔でそっぽを向くと、アルカは、いつもの表情に戻った鷹哉を嬉しそうに見つめて、僕達の手を掴んだ。
「仲直り!」
無理矢理握手させられそうになって、僕達は直ぐに手を振り解いた。いや、それは、嫌だったんじゃなくて、照れたんだ。念のため・・・。

「最終決戦の前だから、体調崩すといけないし・・・大したこと無いけど、ホイミしとこう ?」
しかし鷹哉は僕の手を振り払った。
「・・・カナエ、・・・ホイミ、して」
驚いた。鷹哉から自分でカナエを呼んでお願いした。あの鷹哉が!?鷹哉は霧島のことが好きで、霧島に似たカナエを好きになって、でも、やっぱりカナエでは駄目で、さっきまで僕と霧島との仲を疑うくらい妬いていて・・・なのに霧島の前でカナエに甘える?一体どういうつもりなんだろう?
カナエは近づき、鷹哉の傷口に手を当てた。
「終わりじゃねーだろ、別に」
「・・・」
カナエは黙ってホイミをかけ続けた。
「会わなくても別に嫌いになるわけでもねぇし。俺は・・・カナエとは恋人同士とかには、なれねぇけどな」
げっ!ストレートに振った!!
「・・・はい」
でも、カナエは素直に返事した。 そう言えば、前にカナエは、鷹哉に振られたって言ってたっけ。それなのに、また振ったの?どういうこと・・・??
・・・あ、そうか!カナエは鷹哉の気持ちを知っていたんだ。あの時からずっと、カナエは鷹哉が霧島を好きだってことを知っていたから、告白出来なかったんだ。
でも、僕達を仲直りさせるために、勇気を出して言ってくれたんだね。
カナエが勇気を出さなければ分からなかっただろう。"それで終わってしまう関係"の意味。今まで勇気を出せなかったから、カナエの中で終わらせたんだ。
僕は反省した。自分と鷹哉だけの喧嘩だって思っていても、周りの人が気を使っているってこと。
霧島の前なのに・・・カナエはきっと傷ついた。でも、鷹哉がカナエに甘えることでフォローしたんだ。鷹哉は、カナエの気持ちを分かっていたんだね。
「鷹哉ちん!きっつーい!」
「今はカナエと話してんの」
鷹哉は続けた。
「・・・今なら、カナエの言い分、分かるよ」
鷹哉はさっきカナエから告白されたから、だから返事したんだね。僕と鷹哉の様に、前に進むために、終わらせないために・・・。
・・・そうだよ、例え会えなくても一緒に旅をした事はいつまでも残ってる。特に一生懸命向き合った今日のことは絶対。
鷹哉、気づいてる?この世界に入る前言ったよね。学校が離れても終わりじゃないって。僕は、誰とも離れないから本当は分かってないかも知れない。でも鷹哉の気持ちとカナエの気持ちは、きっとお互いに分かり合えるんだね。そういうのって羨ましいな。
僕は二人が凄く大人に見えた。

「やっさっしー!!」
霧島が鷹哉に聞こえないぐらい小さな声で呟き、 小走りするみたいに、その場で飛び跳ねた。確かにあんなに優しく話す鷹哉のことを、霧島は見たこと無いだろうな。霧島は初めて見たらしく、「寒気がするー」と続けた。寒気か・・・あはは・・・はは・・・。
「松坂君、大丈夫?」
そんなこんなでぼんやりしていると、霧島が心配そうに気を使ってくれた。
「林君は乱暴者だからね」
「何か言ったか?」
鷹哉がすかさず返事する。
「言った!乱暴者、乱暴者、乱暴者!!」
「お前なんかブーブーブタだろ!モーモーウシ!ウッキーおさる!!」
「もー!何ですって!!」
「ほらウシ!」
「自分だってヒババンゴ!!」
鷹哉はカナエにホイミをしてもらいながら、霧島に挑発する。霧島も挑発に乗る。 鷹哉と霧島の間にもいつもと同じ空気が流れた。 それを見ながら、カナエは本当に楽しそうに笑っていた。霧島は、鷹哉のことをどう思ってるんだろう・・・僕は何となくそんなことを考えながら、いつもの空間の中で、自分にホイミしながら笑った。笑うと痛かった傷も、次第に痛みが消えていった。
喧嘩の痛みと同じように・・・。

僕はふと祭壇の上を見た。さっき置いたはずの雨雲の杖は、いつの間にか太陽の石と一つになり、虹の滴に姿を変えていた。


戻る  次へ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送